【世界遺産】奈良・薬師寺を100倍楽しむためのマメ知識6選(準備編:後編)

奈良の世界遺産の1つ、薬師寺。

前回に引き続き、今回はその豪華絢爛な薬師寺の伽藍についてご紹介します!

これを読めば、他の奈良の世界遺産と薬師寺の違いが分かり、より深く世界遺産を楽しむことができます!

 

前回の記事をまだご覧になっていない方は、先に下記のリンクより記事を読むと、よりお楽しみいただけると思います!

【世界遺産】奈良・薬師寺を100倍楽しむためのマメ知識6選(準備編:前編)
【世界遺産】古都奈良の文化財を楽しむために知っておきたいマメ知識(前編5選)
【世界遺産】古都奈良の文化財を楽しむために知っておきたいマメ知識(後編5選)

4.薬師寺の白鳳伽藍

薬師寺の伽藍図(薬師寺パンフレットより)

それでは、薬師寺の境内(伽藍)について見ていきましょう。

上の写真は、薬師寺でチケットと一緒にもらえるパンフレットに描かれた伽藍図を一部抜粋したものです。

そこには「白鳳伽藍」という言葉が。

前回の記事をご覧いただいた方なら、この「白鳳伽藍」という言葉の意味がご理解いただけることと思います。

平城京遷都とともに、平城京に遷移された薬師寺。

ですが、もともとの建立は奈良時代より前の白鳳時代に遡ります。

平城京に遷移された薬師寺ですが、その造営は本薬師寺(もともと藤原京に建てられていた最初の薬師寺)に忠実に倣って行われたため、白鳳時代の特徴を色濃く残している、というわけです。

絢爛豪華な外観:「竜宮造り」

薬師寺:金堂

薬師寺の伽藍の特徴は、何といってもこの朱色と紺色、そして白を基調とした竜宮造りの建築様式にあります。

後の奈良時代に建立された東大寺、唐招提寺や興福寺とは明らかにその系統が異なります。

薬師寺は、創建当時の姿をそのまま今に残しているのは東塔しかなく、残りの建物は1528年に焼失してしまいました。

そして、金堂や西塔といった主要な建物は昭和以降に再建された比較的新しいものになります。

それもあって、このように色彩豊かな姿を楽しむことができるのです。

創建当時のままの東塔と、復元された西塔のコントラストが美しい

上の写真の左側が復元された西塔、右側が創建当時のままの東塔になります。

東塔については、平成32年まで復旧工事のため、現在その姿を観ることは残念ながらできません。

日本で最初の双塔伽藍

薬師寺は日本で最初の、2つの塔を伽藍に配置したお寺としても有名です。

なぜ双塔伽藍という伽藍形式にしたのか、そこにはこんなエピソードがあります。

当時、朝鮮半島では新羅が663年に日本・百済連合軍を撃破し、これにより百済は滅亡します。さらに、667年には高句麗も滅び、新羅が朝鮮半島の支配を実現しました。

ですが、今度は中国大陸を支配していた唐が、新羅への侵攻を計画します。

これに驚いた新羅は、仮のお寺を建て、戦勝祈願したところ、なんと唐の軍船が嵐で壊滅状態に。

なんとか唐と和睦にこぎ着けた新羅は、その後、改めて正式な寺を建立したのです。

このお寺を四天王寺と呼び、679年に創建したのですが、このお寺の伽藍形式が双塔伽藍でした。

薬師寺は、この新羅の四天王寺に倣って創建されたのではないか?といわれています。

もともと、持統天皇の病の回復のために建立された薬師寺ですが、この話が正しかったとすると、そこには国を他国の侵略から防ぐ「護国祈願」の意味も持ち合わせていたことが分かります。

ちなみに、東塔は経典が納められたことから経塔、西塔はお釈迦様の遺骨が納められたことから舎利塔と呼ばれています。

「あをによし」の薬師寺

薬師寺:西塔

あをによし 奈良の京は咲く花の にほふがごとく 今さかりなり

この歌は、当時の奈良の都の華やかさを表した歌としてよく耳にします。

枕詞の「あをによし」とは、「青丹良し」といい、青や赤が映えて美しいさまを表しています。

この言葉をまさに体現したのが、薬師寺の西塔です。

良く晴れた日など、陽の光が当たると意外と分かりにくいのですが、薬師寺の金堂や西塔などの屋根は黒ではなく、濃い青色をしています。

薬師寺を訪れた際は、見落としがちな屋根の色もチェックして、「あをによし」の奈良を感じてください。

5.インド、唐の影響が色濃く残る薬師寺

薬師寺:金堂本尊の台座レプリカ

詳細は別の記事でお話ししますが、薬師寺の薬師三尊像などはインドや唐の影響を受けたことが分かる見どころがいくつかあります。

例えば、金堂の本尊様の台座には写真のように、中国の四方神が描かれ、その上に描かれている2体の異人が描かれています。

この異人は、インドから伝わったとされる「金剛明経」に出てくる、仏の台座を守る堅牢地神と考えられています。

また、ご本尊の手のひらの法輪や足裏の相(佛足石)もインドから伝わったものです。

このように、当時のインドや唐の影響が随所に見られるのも見どころの1つでしょう。

6.薬師寺と玄蔵三蔵

玄奘塔:心中には三蔵法師の骨が埋められている!?

最後に、白鳳伽藍の北側にある玄奘三蔵院伽藍についてご紹介します。

薬師寺とあの三蔵法師とどのような関係があるのでしょうか。

法相宗 大本山 薬師寺

現在の薬師寺は、法相宗の大本山のお寺です。

もともとは、八宗兼学の道場として、「南都薬師寺」と呼ばれ、特定の宗派を標榜していなかったのですが、1872年の太政官布令後に、法相宗の大本山となりました。

法相宗という宗派はあまりなじみがないかもしれませんが、これも大乗仏教の1つの宗派です。

その思想の特徴が、「ただ識」という考え方。

これは、目に見えているあらゆる物体は、自分の意識を通じてそこに投影されたものに過ぎず、全ての事象は「自分」という軸を通じて捉えられる、というもの。

ちょっと難解ですが、この根本思想から、「主体である自分の観方によって、対象の形態も変化する。」という「唯識所変」という考えが生まれました。

ここから、後に日本で爆発的に広まった浄土宗のように、ただ念じれば成仏できる、という考えとは一線を画し、成仏できるかどうかはその人次第、という、ある意味現実的な教えにつながります。

また、法相宗ではその教えを真に理解するためには長年の月日がかかる、とされていました。

そのため、民衆に分かりやすく、手軽な浄土宗が広まると、法相宗は徐々に存在感を失っていくことになります。

この法相宗をインドから持ち帰ったのがあの玄蔵三蔵と言われています。

つまり、薬師寺にとって玄蔵三蔵は法相宗の「始祖」として大切に祀られている、というわけです。

 

いかがでしたでしょうか。その豪華絢爛な外観だけでなく、今回ご紹介したマメ知識を頭に入れて、世界遺産の薬師寺をぜひ訪れてみてください!

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