【世界遺産】インドネシア・ジョグジャカルタの都市設計に隠された壮大な思想とは!?

インドネシアのジョグジャカルタは単なる王宮都市にとどまらず、人間の一生と宇宙観を表現した巨大な思想空間として設計されています。2023年、これが「ジョグジャカルタの世界観を表す軸線と歴史的建造物群」として世界遺産登録されました。直線状に配置された建造物と今も街に息づく思想を知ると、街歩きが楽しくなる!

インドネシアにおけるジョグジャカルタの特殊性

マリオボロ通り、ブリンハルジョ市場入口(世界遺産)
人でにぎわうマリオボロ通り、ブリンハルジョ市場入口(2026年6月現地にて撮影)

行政を担う王室制度が残る

インドネシアのジョグジャカルタは、近くに世界遺産・ボロブドゥールの仏教寺院群やプランバナンの寺院群があるなど、人気の観光地の一つであり、また多くの大学を有する学生の街としても知られています。

ジョグジャカルタのもう一つの特徴が、インドネシアの行政区分としては「ジョグジャカルタ特別州」という特別な地位が付与されていること。

ジョグジャカルタ市の中にクラトンと呼ばれる王宮があるのですが、過去の歴史的建造物ではなく、今もこの地域に続いている王室制度でスルタンと呼ばれる王族が居住しています。

そして、スルタンはジョグジャカルタ特別州の州知事という立場も兼ねており、行政上の特権が付与されていることが、特別州と呼ばれている所以です。

クラトンを含むエリアには周囲を囲むように白い城壁が設けられており、その内側と外側では少し空気感が変わるなど王室が残る街ならではの面白さもジョグジャカルタの魅力になっています。

さらにクラトンよりも高い建物の建設には制限がかけられていることもあって、街の景観が厳格に管理されているのですが、この景観と綿密な設計がジョグジャカルタの世界遺産登録につながっていくことになります。

ジョグジャカルタにおけるスルタン誕生の歴史

インドネシアでは16世紀後半に勃興したイスラム系のマタラム王国が勢力を伸ばしていましたが、ここにヨーロッパから入ってきたのがオランダ東インド会社です。

世界史や経済を勉強していると、「東インド会社」という会社を聞いたことがある方も多いかと思いますが、オランダ東インド会社(VOC)は世界で初めての株式会社と言われています。

マタラム王国でたびたび起こった後継者争いに対して、VOCが武力介入をしてその都度ジャワ島での支配権を広げていったものの、1749年に勃発した第三次継承戦争ではVOCもこれを鎮圧することを断念しました。

その代わりに、マタラム王国を「スラカルタ家」と「ジョグジャカルタ家」に分割することで平和協定を持ちかけました(1755年:ギアンティ条約)。

ここにジョグジャカルタ家が王国としての地位を認められ、ジョグジャカルタ家における国王の称号を「スルタン」としました。

ジョグジャカルタ家が王国として認められたものの、これはマタラム王国が細分化されて勢力が弱体化することに他なりません。あくまでもオランダ支配下で認められた王国だったのです。

ジョグジャカルタ特別州になるまで

長らくオランダの支配下にあったインドネシアが独立に向けて動き出したのが、第二次世界大戦の終戦です。

1945年8月にスカルノが独立宣言をした際、真っ先に協力を申し出たのがジョグジャカルタのスルタンだったハムングブウォノ九世でした。

その後オランダとの独立戦争が続いた1946~1949年まで、ジョグジャカルタはインドネシア共和国の臨時首都として使われ、オランダの支配に対する抵抗が続きました。

そしてついにインドネシアが独立国家として正式に認められると、積極的な協力の功績が認められ、ジョグジャカルタのスルタンも閣僚の一人として行政に関与。ジョグジャカルタの行政区は特別州としての地位を認められることにつながったのです。

時代の大局観をどのように見極め、いかに立ち振る舞うか。

先見の明があったハムングブウォノ九世はその後の街作りでも王宮の観光活用や教育への熱心な関与を行い、今のジョグジャカルタの礎を築きました。

【世界遺産】ジョグジャカルタが持つ地理的な意味とは(大宇宙)!?

メラピ山-ジョグジャカルタ(クラトン)-インド洋の地理的関係

メラピ山-クラトン-インド洋を結ぶ想像上の軸
Map data from OpenStreetMap

ジョグジャカルタは「ジョグジャカルタの世界観を表す軸線と歴史的建造物群」という名前で2023年に世界遺産に登録された、比較的新しい世界遺産です。

世界遺産の名称にもある「ジョグジャカルタの世界観を表す軸線」というのが何を意味しているのか。それを紐解くには、ジョグジャカルタが誕生した1755年までさかのぼる必要があります。

今のクラトンがある場所は、ジョグジャカルタの初代スルタン、ハメンクブウォノ1世(当時はマンクブミ王子)が誕生したときに宿営所として建てられたものが始まりです。

初代スルタンのマンクブミ王子は、ある思想に基づいて今の地にジョグジャカルタの都を構え、さらにその中心にクラトンを置くことを決断します。

上に掲載した地図をご覧頂くと、ジョグジャカルタ(その中心にあるクラトン)は、北のメラピ山と南のインド洋を結ぶ軸線の中心に位置していますよね。

これは単なる偶然ではなく、マンクブミ王子が打ち出した都市構想が反映されたものになっているのですが、なぜメラピ山とインド洋かというと、これらがジャワの人々にとって昔から強い信仰の対象として崇められてきたからです。

メラピ山とインド洋に関する伝説

Merapi Museumでメラピ山、クラトン、インド洋の関係を描いたイラスト
Merapi Museumの展示

ジョグジャカルタの北に位置するメラピ山は、2010年以降もたびたび噴火活動が続く活火山で、古くは11世紀初頭にも大きな噴火があったことが分かっています。

日本でもそうですが、古くから火山噴火はその強大な自然エネルギーから人々の力を超越した存在として畏れの対象となり、メラピ山も例外ではありません。

ジャワの人々は、メラピ山には「エヤン・サプ・ジャガッド(Eyang Sapu Jagad)」という精霊が住んでおり、メラピ山を守護していると信じてきました。

一方のインド洋にも南海の霊的支配者である「カンジェン・ラトゥ・キドゥル(Kanjeng Ratu Kidul)」という女王がいるとの言い伝えがあり、今も信仰されています。

メラピ山とインド洋、そして16世紀末頃に興ったマタラム王国の初代国王だったスタヴィジャヤには次のような伝説が残されています。

メラピ山-インド洋の神話

スタヴィジャヤは南海の霊的支配者であるカンジェン・ラトゥ・キドゥルから霊的な力を授かりました。

出会った二人はその後、お互いを知り恋に落ちて結ばれました。

そんな中、スタヴィジャヤは新しい王国を築く決意をし、それを知ったラトゥ・キドゥルは彼を助けるため、彼に「ンドホグ・ジャガッド(Ndhog Jagad:宇宙の卵)」を授けます。

この卵をメラピ山の守護霊であるエヤン・サプ・ジャガッド(Eyang Sapu Jagad)に守ってもらうよう交渉し、これによりスタヴィジャヤが築く新しい王国の繫栄と安定が約束されました。

この神話では、マタラム王国を守る守護神としてのメラピ山、国王の妻として国の安定を支える守護神として南海インド洋の女王が登場しますが、この信仰は今のジョグジャカルタのクラトンでも引き継がれています。(後述)

メラピ山とインド洋の伝説に根付くジャワ信仰

古くからジャワの人々は、人間世界を取り囲む自然やあらゆるもの(=つまり、「宇宙」)を「大宇宙(Macrocosmos)」ととらえ、人間世界はその大宇宙が縮小化されたもの、つまり「小宇宙(Microcosmos)」ととらえる宇宙観を有していました。

そして、大宇宙と人間世界である小宇宙が調和することで、人々の繁栄と平和がもたらされると。

この思想を先ほどの伝説に当てはめると、メラピ山とインド洋が大宇宙、スタヴィジャヤとその王国が小宇宙ということになり、「ンドホグ・ジャガッド(Ndhog Jagad:宇宙の卵)」というのは大宇宙の均衡から小宇宙(=人間世界)がまさに誕生しようとしていることを示していると考えられます。

また、メラピ山の守護霊である「エヤン・サプ・ジャガッド」には「世界を掃き清める者」という意味があり、先ほどの宇宙の卵と合わせると、

「人間の心を浄化することで、小宇宙の均衡が保たれ、人間社会の平和が訪れる」

ということが分かります。

上記はあくまでも伝説ですが、この伝説から下記のような倫理観につながっているようです。

「私利私欲を離れ、人々のために尽くす」という精神で誠実に行動すれば、メラピ山やインド洋がもたらす自然の恵みを我々は享受することができる。

(Merapi Volcano Museumの展示を意訳)

ジョグジャカルタの地理的な位置づけが示すもの

メラピ山とインド洋に関する伝説とジャワに根付く宇宙観。

これを踏まえると、ジョグジャカルタ(クラトン)がメラピ山とインド洋を結ぶ中心に置かれている意味がお分かりいただけるかと思います。

そうです、大宇宙であるメラピ山とインド洋の中心に人間世界であるクラトンを配することで、大宇宙の均衡を保つハブとしての機能だけでなく、そこで築く人間世界である小宇宙との調和も実現させるため、この場所にジョグジャカルタの州都とクラトンを構えたのです。

なお、クラトンが今の場所に置かれたのはこのような思想に基づく理由だけでなく、洪水を避けられる場所に位置しているという現実的な理由もあります。

【世界遺産】ジョグジャカルタの都市設計に見る小宇宙の思想とは!?

ジョグジャカルタ市にも見えるクラトンを中心とする軸線

これまで、ジョグジャカルタの地理的な意味合いなど大宇宙の観点からお話をしてきましたが、ここからはジョグジャカルタの都市設計に関する小宇宙のお話です。

ジョグジャカルタの哲学上の軸
Map data from OpenStreetMap

先ほど、メラピ山-ジョグジャカルタ―インド洋を結ぶ軸線をお示ししましたが、今度はジョグジャカルタ市において同様に軸線を表示したものをお見せします。

地図に表示した各ポイントは、世界遺産に登録されているジョグジャカルタの構成遺産を示しています(これ以外にも構成遺産はあります。)。

先ほどと同様、ジョグジャカルタ市内の構成遺産を結ぶとほぼ直線状に並んでいることが分かりますよね。

さらに先ほどとの共通点として、ジョグジャカルタ市の軸線でもクラトンが中心に位置しているということです。

ジョグジャカルタ市内の軸線を小宇宙と考えると、クラトンは先ほどの大宇宙でも小宇宙でも中心に位置していることになり、大宇宙と小宇宙の調和の中心であることを表しています。

ジョグジャカルタ市の軸線にはある哲学的思想が反映されているのですが、それを順を追ってご紹介します。

現地メモ

北のトゥグから南のパングン・クラピャックまで直線距離で約5キロ。

クラトンからトゥグまでの北軸は街の中心エリアでお店などが建ち並ぶ賑やかな通り、一方クラトンからパングン・クラピャックまでの南軸はローカル色が強く、屋台も多く並んでいます。

そんな北と南の雰囲気の違いも合わせて街に込められた哲学的思想に思いを巡らすと、よりこの世界遺産を楽しむことができるかと思います。

ジョグジャカルタの軸線が意味するもの

上の地図でクラトンが中心に置かれているとお話ししましたが、これを中心とすれば一番上のポイントと一番下のポイントが両端に位置しています。

そして、ジョグジャカルタの軸線においては上下のポイントを起点として中央にあるクラトンへの向かう道が、哲学的な思想におけるある「道すじ」を意味しているのです。

その「道筋」とはなんでしょうか。

パングン・クラピャック~クラトン:人の誕生から新しい命を宿すまで

ジョグジャカルタのパングン・クラピャック(世界遺産)
夕暮れ時、ライトアップされるパングン・クラピャック
Grabのピックアップポイントにも使われていた

最南部のパングン・クラピャックから中心のクラトンまでの道は、

ヒトの誕生→少年期→青年期→成人→結婚→子どもを授かる

という人が歩む人生の道のりを表しています。

この二つの地点の途中にあるアルンアルン広場(南)などが、人生のそれぞれのステージを象徴したものとして造られているのですが、それについてはまた別の記事でご紹介します。

実は最南部のパングン・クラピャックは、女性原理である「ヨニ」の象徴として建てられたものです。

「ヨニ」はヒンドゥー教においても男根の象徴である「リンガ」とともに祀られることが多いですが、これはつまり「生命を宿す場所」であることから、生命誕生を表しているとも言えます。

このため、パングン・クラピャックが起点となるわけですね。

ちなみに、メラピ山(北)-クラトン(中心)-インド洋(南)においてインド洋には南海の守護精霊である女王信仰があるとご紹介しましたが、大宇宙におけるこの軸とジョグジャカルタの小宇宙の軸は互いに以下の通り呼応しています。

北-メラピ山-トゥグ:活動的・火の属性・男性性
南-インド洋-パングン・クラピャック:静的・水の属性・女性性

パングン・クラピャックから始まった人生の道のりは、クラトンで終結しますが、これは結婚をして新しい命を授かったことを意味しています。

つまり、クラトンは人々の営みによって新しい魂が宿る場所として設計されているのです。

トゥグ~クラトン:人の魂が神に還るまで

ジョグジャカルタのトゥグ(世界遺産)北東からの姿
交通量の多い交差点中央に設置されたトゥグ
南東の交差点沿いでは路上ライブが行われていた

南のパングン・クラピャックを起点とした道のりに対して、北のトゥグを起点としてクラトンに向かう道のりは、人の内面・精神世界が通る道のりを表していると言えます。

つまり、成熟した人間が人生において時には誘惑にも出会いながら知識と経験を蓄え、最終的には天の神に召される、ということです。

先ほどご紹介したように、南側のパングン・クラピャックが「ヨニ」を象徴するのに対し、北側の「トゥグ」は男性原理を示す「リンガ」を表しています。

この対比から始まり、クラトンへ向かうにはジョグジャカルタの中心街であるマリオボロ通りを通ることになるのですが、この通りがいわば人生におけるさまざまな誘惑との出会いを意味しています。

マリオボロ通りを抜けると、アルンアルン広場(北)に抜けますが、そこには中央にぽつんと二本の樹があるだけ。

この広場を通り、クラトンにたどり着くまでに人は欲望や煩悩といった「穢れ(けがれ)」を払い落として、人生で得た知識だけを残して魂が神のもとに還るのです。

先ほどの南からの道のりでは、クラトンは新しい魂が宿る場所としてご紹介しましたが、北からの道のりでは、クラトンは魂が還る場所としての意味を持つことになります。

ジョグジャカルタの都市設計に隠された哲学的思想

ジョグジャカルタの世界遺産を示す模型
交差点沿いに置かれたジョグジャカルタの哲学上の軸線を表す模型

先ほどジャワにおける宇宙観をご紹介しましたが、ジョグジャカルタはまさにこの宇宙観を街作りに取り入れたものと言えるでしょう。

人間世界はそれを取り巻く大宇宙の縮図(=小宇宙)であり、大宇宙との調和を維持することで平和と繁栄がもたらされる‐

ジョグジャカルタの軸線をみると、まさに大宇宙であるメラピ山とインド洋と調和するように作られていることが分かります。

そして、小宇宙である人間世界における調和というのは、生命の誕生から新しい命を宿すまでのいわば身体的な過程と、成熟して魂が帰結する場所に至る精神的な過程の調和、という哲学的な思想の表れにあると考えられるのです。

思想だけではない!世界遺産・ジョグジャカルタにしかない価値とは!?

ここまで、世界遺産に登録されたジョグジャカルタの「世界観を表す軸線」についてお話をしてきました。

この地に根付く信仰や独特の宇宙観が都市設計にも表れているという点はユニークであるものの、例えば日本における平安京も四神相応の思想が反映された場所に造られたなど、似たような例が無いわけではありません。

ここからは「世界観を表す軸線」に加えてジョグジャカルタが世界遺産に選ばれることとなった、ここでしか見られない価値をご紹介します。

信仰が伝統行事を通じて今も息づいている

ラブハン儀式をイラストで描いたMerapi Museumの展示
ラブハンの儀式(Merapi Museumの展示より)

ジョグジャカルタでの王宮では毎年、現国王の即位したジャワ暦の日付に基づいてラブハン(Labuhan)という儀式が執り行われます。

このラブハンは、最初にご紹介したメラピ山-クラトンーインド洋を結ぶ信仰に関連しているものでインド洋(パラントリティス海岸)、メラピ山のそれぞれに赴いてお供え物をささげる伝統儀式です。

もともとはマタラム国の初代国王に関する伝説ではありますが、ジャワ信仰に基づく宇宙の調和を維持するため、そして今のジョグジャカルタにとっても国家と国民が平和で豊かであることはメラピ山とインド洋の精霊の守護によるもの、とのことから、それに対する感謝と祈りが込められています。

メラピ山へのお供えの儀式(ラブハン・メラピ)では、メラピ山への供物を載せた行列がクラトン王宮から出発するのですが、メラピ山に入った後、供物は「ムバ・マリジャン旧邸宅」という場所に運ばれます。

この「ムバ・マリジャン」というのは実在した人物の名前で、ジョグジャカルタのスルタンから正式にムラピ山の管理人として任命された人物です。

火山活動が活発なムラピ山ではたびたび噴火が起こっていますが、ムバ・マリジャンはムラピ山の守護霊の声を聴き、火山活動の大きさなどを予測し、それを人々に伝える役割を担っていました。

残念ながら2010年の噴火でムバ・マリジャンは火砕流に襲われて亡くなってしまいますが、彼がそれまでに行ったメラピ山の守護者としての功績は今も多くの人から敬われており、死後も彼の邸宅を多くの人が訪れているそうです。

現在では火山活動は24時間モニタリングされており、科学技術に基づく管理が行われている一方で、ムバ・マリジャンはメラピ山への信仰がいかにこの地に住む人々に深く根付いているかを示しているとも言えます。

また、もともとラブハンは宇宙の調和、つまりメラピ山とインド洋に住まう守護霊との調和を目的として行われてきた儀式ではありますが、度重なる噴火にも関わらず今も多くの人々がメラピ山の麓に住んでいます。

それは自然に対する恐れではなく、自然がもたらす恵みへの感謝の表れでもあり、自然との共生が生まれているわけですが、これはまさに自然という大宇宙との調和とも言えるでしょう。

ヒンドゥー・イスラム・仏教・ジャワ文化・ヨーロッパ文化の融合(建造物)

インドネシアのジャワ島では古くはヒンドゥー教が伝来し、その後仏教を経て16世紀後半頃から興ったマタラム国によりイスラム教が広まりました。

現在ではイスラム教徒が多く占める国となっていますが、これまでご紹介してきたジャワ信仰やヒンドゥー教が全く排除されたわけではなく、むしろこれらが融合して独特な文化を生み出しているのが今のジョグジャカルタと言えます。

これまでご紹介してきたジョグジャカルタの構成遺産でそれを見ていきましょう。

クラトン(王宮)

ジョグジャカルタ、クラトンのバンサル・ケンチャナ(世界遺産)
クラトン_バンサル・ケンチャナ(Bangsal Kencana)

こちらはクラトンの中で観光用に開放されているエリアになりますが、写真の中央やや右寄りから屋根が見えているかと思います。

この屋根はジョグロ(Joglo)屋根というジャワ文化の建築様式で、王宮のように格式高い建物に用いられる形式です。

このように中央が一段盛り上がっているのはヒンドゥー教の須弥山を模したものと言われており、ヒンドゥー教の影響を残しているのです。

ジョグジャカルタ、クラトンのバンサル・マニス(世界遺産)
クラトン_バンサル・マニス(Bangsal Manis)

こちらの建物の屋根の下に、緑色のステンドグラスがあるのが見えるでしょうか。これはヨーロッパの影響を受けたものです。

さらに中央の屋根下の三角形の壁に取り付けられた黄金の装飾は、スルタン王宮の紋章である「プラジャ・チフナ(Praja Cihna)」というレリーフです。

さらにその下、手すりには中央にカーラと呼ばれる魔除けとその両端から蛇(ナーガ)の彫刻が置かれていますが、これらはいずれもヒンドゥー教に由来するもの。

この建物の外観部分だけでも、ヨーロッパ、ジャワとヒンドゥーの要素が融合されていることがお分かりいただけるかと思います。

トゥグ

ジョグジャカルタのトゥグ(世界遺産)北西からの姿
トゥグの四面にはそれぞれ文字が刻まれている

先ほど、ジョグジャカルタ市内の軸線でご紹介したトゥグには、ヒンドゥーにおけるリンガが象徴されているとお話ししたように、ここでもヒンドゥー教の影響が残されています。

ジョグジャカルタのトゥグ・ゴロン・ギリグ
トゥグ・ゴロン・ギリグ(Tugu Golong Gilig)

ちなみに、もともと建てられていたトゥグはこちらの形状をしていましたが、1867年の大地震で崩壊してしまったため、1889年に現在のトゥグに姿を変えて再建されたものになります。

二つを見比べるとだいぶ形状が変わっていますよね。これは再建当時のオランダ植民地政府の介入があったからと考えられています。

当初のトゥグ・ゴロン・ギリグは今のトゥグよりもさらに高く、最上部の球体が王を、その下の円柱が民衆を表しており、王と民衆が一体となって民衆の幸福を神に祈ることを意味しているとされています。

カウマン大モスク

ジョグジャカルタのカウマン大モスク(世界遺産)
カウマン大モスク(Masjid Gedhe Kauman Yogyakarta)

クラトンの西側にあるのがこちらのカウマン大モスクです。

モスクと言えば丸みを帯びた屋根を想像される方も多いかと思いますが、ジョグジャカルタにあるモスクの多くは写真のような形をしています。

これもイスラム教の建物であるモスクにジャワの伝統的な建築様式である「タジュグ(Tajug)」という構造を取り入れたものです。

ヒンドゥー・イスラム・仏教・ジャワ文化・ヨーロッパ文化の融合(行事・都市設計)

建築物以外にも、異なる文化・宗教の融合が見られます。

セカテン(Sekaten)とグレベック(Grebeg)

グレベッグ(Grebeg)

セカテン(Sekaten)というのはイスラム教における預言者、ムハンマドの生誕を祝うためにクラトンが毎年開催する行事です。

今でこそこの行事はイスラム教の行事となっていますが、ここジョグジャカルタにおいて、その起源はイスラム教国であったマタラム国が成立する前のヒンドゥー教や仏教が盛んだった時代までさかのぼります。

もともとヒンドゥー教を信仰していた王たちが、祖先の霊に対する供養を行うためにセカテンに似た行事を行っていたのですが、それがマタラム国以降はイスラム教の布教のためにそのまま続けられるも、イスラム教の行事に置き換わったというわけです。

セカテンの後に行われるのがグレベッグ(Grebeg)という民衆が総出で参加する行事。

グレベッグでは「グヌンガン(Gunungan)」という、果物や野菜を山のように積み上げた供物を載せた山車に人々が殺到します。

山のように供物を積み上げるのは、ヒンドゥー教における須弥山を表しているためと言われており、ここでもヒンドゥー教の名残が残されています。

チャトゥール・トゥンガル(Catur Tunggal)-四位一体の都市構造

ジョグジャカルタ、アルンアルン広場(南)(世界遺産)
アルンアルン広場(南)でのひと時

ジョグジャカルタの構成遺産をみると、下記の機能を有した施設・空間が設けられています。

  • クラトン(王宮):政治の中心
  • カウマン大モスク:宗教の中心
  • ブリンハルジョ市場:経済の中心
  • アルンアルン広場:公共の空間

この4つの機能が一体となって一つの都市を構成しているという思想(四位一体)は、ジャワの伝統思想に基づくものと言われています。

ここでもイスラム教を宗教の中心としながらも、一方でジャワの伝統思想を取り入れるという融合が見られます。

ジョグジャカルタが世界遺産に登録された理由

いかがでしたでしょうか。

ジョグジャカルタについてUNESCOは、以下のジャワの哲学的思想が都市設計や建造物に息づいていると紹介しています。

  • 人間の生命の循環を表す「サンカン・パラニン・ドゥマディ」(Sangkan Paraning Dumadi)
  • 理想的で調和のとれた生を表す「ハメマユ・ハユニン・バワナ」(Hamemayu Hayuning Bawana)
  • 人間と創造主との結び付きを表す「マヌンガリン・カウラ・グスティ」Manunggaling Kawula Gustianunggaling Kawula Gusti)
  • 小宇宙と大宇宙の関係

ここまでお読みいただければ、上記の思想がそれぞれ何を意味するのか、ジョグジャカルタの街でどのように表れているのかご理解頂けるかと思います。

これまでご紹介してきたように、ジャワ文化というのはジャワの土着信仰にヒンドゥー教、仏教、イスラム教やヨーロッパの文化などが、ジャワの歴史を通じて融合して形作られたものです。

ジョグジャカルタが世界遺産として登録されたことの意義は、人間・神・自然という宇宙観の調和だけでなく、信仰や異なる宗教の調和、政治と都市設計、民衆の暮らしの調和、それらをすべて内包していることにあると筆者は感じました。

街を歩くたびに人間とは、自然とは、神(信仰)とは、そして人の人生とは何か、問いかけられる‐そんな街は世界でも極めて珍しい存在なのです。

そのような思想と調和が込められたジョグジャカルタの街をぜひみなさんも一度、歩いてみてください!

取材後記

今回ご紹介したトゥグやパングン・クラピャックは、世界遺産に登録されているもののジョグジャカルタの人々の生活に溶け込んでいました。

トゥグの交差点沿いにある世界遺産の模型の前で路上ライブをしたり、世界遺産の案内板も一部表示板が割れていたりなど、「特別な場所」という感じはなく当たり前にそこにあるものとして受け入れられている、そんな印象です。

世界遺産なので文化財としての保護は求められますが、過度に囲いすぎず身近な存在として接するのも大事なことだなと感じました。

(参考:「Yogyakarta’s Philosophical Axis: A Dynamic Interplay Among UNESCO’s Selection Criteria」 Muwalliha Syahdani、「ムバ・マリジャンのペティラサン」Suhadi Cholil、「Decision 45 COM 8B.39 The Cosmological Axis of Yogyakarta and its Historic Landmarks (Indonesia)」World Heritage Convension、Merapi Museumの展示)

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