2026年世界遺産登録候補5選――遊牧文明から気候変動研究まで

今回登録勧告を受けた遺産から、遊牧文明、インド洋文明、社会主義近代建築、アジアの産業遺産、気候変動研究の拠点と、これまで世界遺産リストで十分に評価されてこなかったテーマに注目、その内容をご紹介します。

この記事でご紹介する世界遺産候補

遺産注目ポイント
コモロ歴史スルタン国のメディナ群コモロインド洋文明
匈奴貴族墓群モンゴル遊牧帝国
タシュケント・モダニズム建築群ウズベキスタン20世紀建築
景徳鎮陶磁器産業遺跡群中国グローバル産業
アカバ海洋保護区ヨルダン耐熱サンゴ

1. アフリカ・アラブ・インド洋が交差する小さな海洋都市(コモロ)

世界遺産の概要

ご紹介する1つ目はコモロ連合という国から推薦されている「コモロ歴史スルタン国のメディナ群」という遺産です。

出典:Wikipedia

コモロ連合という国を初めて聞いた、という方も多いかと思います。
(かく言う筆者も初めて知りました。)

この国はアフリカ大陸の右側、マダガスカル島とアフリカ大陸に挟まれた海域にある3つの島から成っています。

地図を見て頂くと島は4つあるのですが、マヨット島はフランス領とされており、この島の領有権についてはコモロ連合も領有権を主張しているようです。

日本語は筆者追記、Map data from OpenStreetMap

今回世界遺産として登録予定の遺産は、グランドコモロ島とアンジュアン島にある6つの歴史都市です。

この地域には古くから人々が住んでいたとされていますが、少なくとも11世紀頃には「都市」が形成され、その後14世紀から15世紀頃にはさらに大きな都市国家へと発展していきました。

この過程においてアフリカ大陸の東部とインド洋での交流によって生まれた海洋文化と10世紀ごろから入ってきたイスラム教の影響がスワヒリ文化を形成し、イスラム教の支配者によってスワヒリ文化の影響を色濃く受けたスルタン国の主要都市が誕生したのです。

世界遺産名の「メディナ群」というのは旧市街を指し、この地域におけるスワヒリ文化を今に残す以下の6つの都市が構成遺産として示されています。

  • モロニ / Moroni (グランドコモロ島)
  • ムツァムドゥ / Mutsamudu (アンジュアン島)
  • ドモニ / Domoni (アンジュアン島)
  • イコニ / Iconi (グランドコモロ島)
  • イザンドラ / Itsandra (グランドコモロ島)
  • ヌージーニ / Ntsoudjini (グランドコモロ島)

なぜ世界遺産に選ばれたのか?

コモロ諸島はアフリカ大陸に近いインド洋に浮かぶ島国であることから、古くからインド洋を通じた交流の結び目として発展してきました。

この交流により、アフリカ・アラブ・ヨーロッパという異なる3つの世界に生きる人々が交差する場所になり、この交流がユニークな社会、都市国家の誕生につながったと考えられています。

また、

・先ほどご紹介した6つの構成遺産都市は、共通の歴史的・文化的背景を持ちながらもそれぞれで異なる建築様式や都市形成の特徴を持っていること

・一部の宮殿・モスク・城壁など古い建築物は老朽化が進んでいるものの、城壁内の歴史地区は良好な状態で今も残されていること

が世界遺産登録の上で必要な「完全性」及び「真正性」を満たしていると評価されました。

完全性:登録された構成遺産が網羅的かつ漏れなく世界遺産の価値を示していること
真正性:遺産の建物や景観が、遺産の持つ文化や伝統、独自性を継承していること

主な見どころ

モロニ旧市街地

モロニ市街地
出典:D-Stanley, CC BY 2.0, Wikimedia

モロニはコモロ連合の首都でもあり、市街地にはスワヒリ文化が色濃く残っており、またイスラム教の影響から多くのモスクが残されています。

ムツァムドゥ港

ムツァムドゥ市街
出典:GeGki, CC BY-SA 4.0 via Wikimedia Commons

ムツァムドゥ港と旧市街地はアンジュアン島にある街であり、コモロ連合でもモロニに次ぐ大都市になっています。

石造りの街並みや港町の景観が特徴的で、世界遺産が評価した「アフリカ・アラブ・インド洋の3つの世界が交差した都市」を今に伝えています。

他の世界遺産と何が違う?

この世界遺産がユニークなポイントとして、先ほどアフリカ・アラブ・インド洋の3つの世界が交わる都市、ということやスワヒリ文化の影響を色濃く受けた都市、という点をご紹介しました。

もともとスワヒリ文化は、アフリカ東部の沿岸部や島嶼部(とうしょぶ)で、インド洋における交流と合わせて生まれた文化とされており、イスラム教も重要な要素となっています。

アフリカ大陸にもスワヒリ文化が根付いた街や地域はありますが、コモロ連合の世界遺産が特徴的なのは島嶼部のスワヒリ文化の影響を色濃く残している点と、アフリカ・アラブ・インド洋に加えてヨーロッパ世界の人々との交流も源流に流れている、ということではないでしょうか。

世界遺産委員会の資料(48 COM WHC/26/48.COM/8B)では、コモロ連合のメディナ群は建物やモスクといった建築物が残されていることだけでなく、スワヒリ文化とイスラム教の伝統が融合が人生の節目を祝う儀礼や行事にも反映されており、その意味で無形資産と有形資産が一体となっている(登録基準ⅲ)、と記されています。

さらに、文化的な影響だけではなく、都市計画や都市景観を通して6つの構成遺産の都市が、

・イスラム教の到来
・インド洋交易圏の発展
・アフリカ・アラブ・ヨーロッパ圏の交流

を物語る歴史的な証拠(登録基準ⅳ)になっている、とも紹介されています。

この登録が意味すること

コモロ連合は今回が初めての世界遺産登録となります。

また、この世界遺産はスワヒリ文化、そしてスワヒリ文化の母系社会とイスラムの父系社会が融合した社会形成が都市計画や建築だけでなく、行事や祝い事といった社会生活にも根付き、これらが一体となって他にはない価値を有していることを教えてくれています。

世界遺産委員会の資料では、特に「インド洋文明圏の多様性を示す貴重な証拠」として評価しており、イスラムではなくインド洋世界を強調していることが印象的です。

2. 遊牧帝国・匈奴の謎を解く巨大墓群(モンゴル)

世界遺産の概要

続いてご紹介するのは、モンゴルから世界遺産に推薦されている「匈奴(きょうど)貴族墓群」という遺産です。

モンゴルといえば、雄大な草原で暮らす遊牧民族のイメージをお持ちの方も多いかと思います。

遺産名にもなっている「匈奴」というのは、紀元前3世紀から紀元後2世紀にかけて現在のモンゴルを中心とする広大な領地を支配していた遊牧国家です。

そして、その匈奴の時代に造られた墓地群が今回、世界遺産としての登録勧告を受けたのです。

古代王家や王朝、首長の墓というのはこれまでも世界遺産に登録されていますが、日本の「百舌鳥・古市古墳群(もず・ふるいちこふんぐん)」もお墓の世界遺産です。

古墳もそうですが、古代のお墓というのはその造りや埋葬物、副葬品から、当時の社会構造や土木技術、文化、組織・階層の仕組み、さらには死生観・宗教観などを知ることができるとても貴重な遺跡です。

お墓ですので、もちろん埋葬されている先人たちへの畏敬(いけい)の念(心から敬うこと)を忘れてはいけません。

今回この世界遺産が登録されることになれば、遊牧民族の先駆けとなった遊牧国家が残した墓群という貴重な遺産になるでしょう。

なぜ世界遺産に選ばれたのか?

今回の世界遺産登録申請では、8つの構成資産を含めています。

日本の百舌鳥・古市古墳群でも多くの古墳が構成遺産に含まれていますが、その理由はこれらの古墳が日本の歴史において、古墳時代のもっとも最盛期に造られたものであり、かつ、代表的な古墳の形式(前方後円墳や円墳など)を網羅しているからです。

この匈奴貴族古墳群の8つの構成遺産も、それぞれ重要な役割を果たしており、全体で匈奴帝国各地の墓制の地域的な特徴を漏れなく示すとともに、代表的なサンプルにもなっています(完全性)。

さらに、それぞれの構成遺産はお墓の本来の形状や配置、立地を良好に保持していることも評価されました。

このような良好な形で今もお墓が残っているのは、これらのお墓が人里から離れた場所にあること、モンゴルの土壌形成が緩やかであるため、周辺環境の変化が比較的小さかったことが理由として挙げられています(真正性)。

他の世界遺産と何が違う?

遊牧国家であった匈奴人のお墓は広大な領域に造られていますが、どのお墓にもある類似点があります。

1点目は、墓所がある場所は大型の貴族墓、小型の円形墓、そして石または土の表面被覆(積石・盛土)を持つ祭祀遺構によって構成されていること。

2つ目は、匈奴貴族墓の外観構造は次の2つの部分から構成されていること。

・埋葬坑の真上に築かれる「長方形の石造テラス(壇)」
・その南側に隣接する「羨道(れんどう:墓室への進入路)」

少しわかりにくいので、日本の古墳との違いを図にしてみました。

匈奴貴族のお墓も日本の古墳も、どちらも地下に埋葬された空間がある点では共通してます。

ですが、匈奴貴族のお墓は石造りであるのに対し、古墳は盛土によって造られていること、上の図からは分かりにくいですが、匈奴貴族のお墓は地上部分に平坦な「壇」を作って地下深くに掘り進んでいくのに対し、古墳は地上に盛土を積み上げて墳丘を作る、という違いがあります。

端的に言うならば、匈奴貴族のお墓というのは「地下に造られた逆さまのピラミッド空間」ということになります。

その他にも細かい違いや共通点など、比較して考えてみるとよりこの世界遺産の魅力を感じられそうですね。

世界遺産委員会の関連資料では、匈奴貴族墓群の構造や埋葬品を調査することで、当時の技術や文化を知ることができるが、これらからは中国の秦・漢王朝の定住文化の影響や、西アジア・中央アジア、さらにはヨーロッパとの交易による遺物も見つかっており、単に匈奴国の伝統や文化(登録基準ⅲ)だけでなく、他の地域、諸国との文化交流を示すものと評価されています。(登録基準ⅱ)

この登録が意味すること

匈奴は中央アジアやモンゴルにおいて人類史上初めて誕生した遊牧国家であると考えられています。

遊牧民族のに関する世界文化遺産はいくつかありますが、今回この「匈奴貴族墓群」が世界遺産に登録された場合、限られた遊牧民族に関する文明や伝統を今に伝える存在になるだけでなく、紀元前3世紀から紀元後2世紀という比較的古い時代の、「墓」という遺産として、他にはない貴重な遺産になると思います。

3. ソ連と中央アジア文化が融合した20世紀都市遺産(ウズベキスタン)

世界遺産の概要

タシュケントの街並み
出典:Tashkent City Park, CC BY-SA 4.0 via Wikimedia Commons

続いてご紹介するのは「タシュケント・モダニズム建築群」というウズベキスタンからの世界遺産登録推薦です。

タシュケントはウズベキスタンの首都ですが、今回はタシュケントにある近代建築群が世界遺産として登録勧告がなされており、20世紀の遺産という比較的新しいものになります。

ウズベキスタンは19世紀中ごろに当時のロシア帝政に侵攻され、その後ウズベク・ソビエト社会主義共和国時代、第2次世界大戦を経て1991年のソビエト連邦の崩壊をきっかけに今のウズベキスタンとして独立しました。

タシュケントにおいて近代化を加速させる出来事になったのが、1966年に起こった大地震です。

この地震で多くの公共建物が崩壊してしまいますが、当時の政府は倒壊前の建物を再現するのではなく、これをきっかけに都市整備計画を新たに策定、耐震設計や気候に適応した建築技術の導入、近代的な集合住宅の供給などを進めました。

これらのモダニズム建築は中央アジア建築の要素を積極的に取り入れながら、ソビエト・モダニズムの機能主義を融合して独特の都市景観が生み出されることになったのです。

なぜ世界遺産に選ばれたのか?

この世界遺産候補には9件の構成遺産が申請されていますが、これらの構成遺産が1960年代から1990年代にかけての建築、都市計画及び社会主義近代化の特徴を包括的に示していることが評価されました(完全性)。

構成遺産は以下の通りです。

  • Zhemchug Residential Building ジェムチュグ集合住宅
  • Kosmonavtlar Metro Station コスモナフトラル駅(宇宙飛行士駅)
  • State Museum of Arts 国立美術館
  • State Museum of History 国立歴史博物館
  • Central Exhibition Hall of the Academy of Arts 芸術アカデミー中央展示館
  • Peoples’ Friendship Palace 人民友好宮殿
  • Alisher Navoi Cinema Palace アリシェール・ナヴォイ映画宮殿
  • State Circus 国立サーカス
  • Chorsu Market チョルスー・バザール(チョルスー市場)

これらの構成遺産の大部分は当初のデザインが維持されており、しかも住宅、文化施設、教育施設、研究施設として現在も利用されていることが高く評価されています(真正性)。

変化する社会の中で利用され続けながらも、本来の設計思想を維持している (ICOMOS評価を日本語訳)

また、すべての構成遺産はウズベキスタンの国家的重要文化財として保護されているとのこと。

主な見どころ

コスモナフトラル駅(Kosmonavtlar Metro Station)

出典:Enric, CC BY 4.0 via Wikimedia Commons

コスモナフトラル駅(Kosmonavtlar Metro Station)は、宇宙飛行士をテーマにした地下鉄駅になっています。

プラットホームの壁には宇宙飛行士(旧ソ連出身の有名な宇宙飛行士、ガガーリンなど)、天の川など宇宙に関する絵が飾られています。

人民友好宮殿(Peoples’ Friendship Palace )

出典:Panpanchik, CC BY-SA 4.0 via Wikimedia Commons

人民友好宮殿(Peoples’ Friendship Palace )は大約6,000人を収容できるウズベキスタン屈指のコンサートホールで、その前の広場では様々な文化イベントや式典が行われる市民交流の場となっています。

夜には真っ白な建物が暗闇に映えるライトアップもされているようなので、その美しい外観も含めて一度は訪れて観たい場所です。

チョルスー・バザール(Chorsu Market)

出典:Francisco Anzola, CC BY 3.0 via Wikimedia Commons

チョルスー・バザール(Chorsu Market)はありとあらゆる日常品が売られているタシュケント最大級の市場です。

広大な敷地を有しており、すべて回るのにも半日はかかるのだとか。

建物の外観がどことなくモスクを連想させますが、そのフォルムとエメラルドが美しい建物です。

他の世界遺産と何が違う?

世界遺産の概要でご紹介した通り、「タシュケント・モダニズム建築群」は1960年代以降のソビエト・モダニズムとウズベキスタンの土地や気候ならではの中央アジア建築が融合され、独自の都市景観を生み出していることが何よりの特徴です。

まず、ウズベキスタンを含む中央アジア建築の特徴として下記の3つが挙げられます。

  • 中庭
  • ロッジア
  • 幾何学模様

中庭というのは住宅の中に造られた空間で、風通しを良くしたり日差しを遮る機能がある中央アジアの伝統的な住宅様式です。

ロッジアも半屋外空間と位置付けられる、住宅の中にあるエリアです。

日本でいうバルコニーが部屋の中に造られているイメージでしょうか。

そして3点目の幾何学模様はイスラムでもおなじみのデザインですよね。

タシュケントのモダニズム建築群は、このような中央アジア建築の伝統を有しつつ、ソビエト・モダニズムの影響を受けた社会主義的な都市デザインになっています。

例えば住宅エリア、公園、行政地区が明確に区角割りされて配置されていたり、先ほどご紹介した人民友好宮殿前の広場など、市民が集う場が重視されているのが特徴と言えるでしょう。

先ほどご紹介したチョルスー・バザールも、モスクのような外観をしつつ、その造りはコンクリート造となっているなど、ソ連モダニズムとイスラム装飾の融合と言えそうです。

ソ連圏全体に広がった“地域化されたモダニズム(Localised Modernism)”を示す最も優れた事例の一つ(ICOMOS評価を日本語訳)

ICOMOSがこのように評価している通り、ソ連圏に属していたタシュケントはソ連モダニズムの影響を色濃く残しながらも、それにとどまらずこの地域に根差した独特のモダニズムの形に都市計画と建築を進化をさせた(登録基準ⅳ)、ということが他では見られないこの遺産の特徴なのです。

この登録が意味すること

近年ではグローバル・ストラテジーの採用により、近代建築が世界遺産に登録されることも増えています。

「タシュケント・モダニズム建築群」が世界遺産に推薦されたのは、このグローバル・ストラテジーに当てはまる遺産であることがまず挙げられます。

さらに、建築に関する世界遺産としてはゴシック建築、ルネサンス建築やバロック建築など、西洋の建築に関するものが多く登録されており、その点でこの遺産はそれらとは異なる中央アジアの近代建築と社会主義都市計画を示す遺産として非常に貴重な存在と言えるかと思います。

グローバル・ストラテジー:世界遺産の登録内容が地理、属性、遺産の種類などで偏らないよう配慮し、正しく世界の文化文明や自然を代表するようにする試み

4.世界を魅了した“陶磁器の都”の産業システム(中国)

世界遺産の概要

景徳鎮の陶磁器(出典:Wikimedia Commons(CC0))

続いてご紹介するのは中国から世界遺産に推薦されている、「景徳鎮陶磁器産業遺跡群」です。

「景徳鎮(けいとくちん)」という言葉は聞いたことがある方も多いのではないでしょうか。

中国の陶磁器の最高峰ともいわれており、中国の長い歴史の中で発展してきた伝統工芸品です。

中国の江西省にある景徳鎮市という場所の名前がこの陶磁器のブランド名にもなっています。

世界遺産として登録勧告がなされているのは、10世紀から19世紀にかけて発展した景徳鎮の手工業陶磁器産業全体の構造です。

産業遺産として世界遺産への登録が近年増えていますが、今回のこの登録は、約900百年近くにも及ぶ長期間にわたり発展し築かれてきた景徳鎮の製造だけでなく、以下の産業全体に関する産業システムを示すものであり、そのスケールには目を見張るものがあります。

  • 原料調達
  • 生産
  • 流通
  • 販売
  • 労働組織

世界遺産委員会の資料によると、10世紀から19世紀は以下の3つの期間で捉えられています。

  • 10~13世紀
    景徳鎮に生産に必要な青白磁(せいはくじ)の安定生産の実現
  • 13~15世紀
    ‐「二元配合(Binary Formula)」技術による高品質な磁器の誕生
    ‐青花磁器(染付)の誕生
  • 16世紀以降
    水運で結ぶ世界規模の陶磁器産業都市へ発展

なぜ世界遺産に選ばれたのか?

湖田窯遺跡
出典:Siyuwj, CC BY-SA 4.0 via Wikimedia Commons

この世界遺産候補には5つの構成資産が申請されており、これらが合わさって10世紀から19世紀までの景徳鎮の産業システム全容が示されています。(完全性)

具体的な構成遺産の内容は下記のとおりです。

  • 景徳鎮市街地陶磁器生産センター(Town Area Porcelain Production Center)
  • 湖田窯遺跡(Hutian Ancient Kiln Site)
  • 高嶺土採掘遺跡(Gaoling Porcelain Clay Mining Site)
  • 昌嶺陶石採掘遺跡(Changling Porcelain Stone Mining Site)
  • 焦潭薪炭生産地域(Jiaotan Firewood Production Area)

景徳鎮市街地陶磁器生産センターは、官営の窯跡や工房の他、同業者組合の会館や寺院、モスク跡などが含まれており、歴史的道路や河川区間などの交通インフラも含み、街全体が構成遺産となっています。

労働者、街、交易、窯、採掘跡、燃料生産地と、まさに産業全体のサプライチェーンが含まれていますよね。

これらの保存状態も概ね良好との評価が出ています。

さきほど、景徳鎮が市の名前から来ていることをお伝えしましたが、それは陶磁器産業がこの地域における地域経済の中心であり、産業によって地域社会が成り立っているということでもあります。

日本の世界遺産の中でも、「石見銀山遺跡とその文化的景観」として石見銀山が世界遺産に登録されており、石見銀山はすでに閉山しているという違いはありますが、銀を中心に地域社会が形成されているという点ではこの景徳鎮の産業遺跡群も同じかもしれません。

長い歴史の中で培われてきた伝統や技術といった無形文化遺産が今も息づいているという点で、真正性も認められました。

他の世界遺産と何が違う?

この世界遺産候補のユニークな点は、冒頭でもご紹介した通り、数百年以上にも及ぶ産業の発展の歴史と、産業全体の構造が丸ごと世界遺産として登録されようとしていることにあります。

目に見える有形遺産だけでなく、先ほどご紹介した「二元配合」技術という技術革新の誕生と、それが世界に与えた影響も評価されています。(登録基準ⅱ)

この技術が確立されたことを示す構成遺産が「湖田窯遺跡(こでんよう・いせき)」です。

そしてこの技術は18世紀のヨーロッパにおける硬質磁器開発にも大きな影響を与えるなど、景徳鎮が世界の陶磁器生産の中心地としての存在感を有していることも他にはない特徴でしょう。

これまでご紹介した景徳鎮に息づく中国の手工業陶磁器産業の伝統(登録基準ⅲ)や、技術遺産(登録基準ⅳ)だけでなく、景徳鎮のアイコンとしての側面も評価されています。

今や景徳鎮ブランドは日本に限らず世界的に有名なブランドですが、景徳鎮の青花磁器のデザインは絵画や家具、建築装飾などにも波及し、単なる磁器にとどまらず中国文化を世界へ伝えるメディアとしての機能も有している点(登録基準ⅵ)も注目です。

この登録が意味すること

「景徳鎮陶磁器産業遺跡群」が世界遺産に登録されることの意義については、これまでご紹介してきた通りです。

中国の歴史において脈々と受け継がれ、発展してきた産業が歩んできた軌跡と、産業全体を示す遺産はアジアはもちろん、世界でも他に類を見ないものです。

世界遺産に登録されている産業遺産というのはヨーロッパにおける産業革命以降のものが多い中、この遺産はそれ以前の時代に起源を持つ産業であること、そしてその影響が世界にも及んでいるグローバル産業である点で、登録されればこれまでにない世界遺産になるでしょう。

5. 気候変動時代の希望とされるサンゴ礁(ヨルダン)

世界遺産の概要

日本語は筆者追記、Map data from OpenStreetMap

最後にご紹介するのはヨルダンから世界遺産推薦が出されている「アカバ海洋保護区」です。

こちらも地図で「アカバ海洋」がどこにあるのかを調べてみました。

この世界遺産候補はこれまでの4つの文化遺産候補とは異なり、自然遺産候補になります。

上図の地図の通り、アカバ海洋保護区は紅海の最北端に位置するアカバ湾にある海洋保護区になり、特に世界で最も北に位置する熱帯サンゴ礁があることで有名です。

ここに生息しているサンゴは極めて高い耐熱性を持つサンゴであると考えられており、地球の温暖化や海面温度の上昇などで今後の世界で最も生存可能性が高いサンゴ群の一つになると予測されています。

サンゴ群だけでなく、この地域には多数の固有種や絶滅危惧種の生息地が存在しており、非常に貴重な自然区域となっていることが世界遺産への推薦理由となっています。

なぜ世界遺産に選ばれたのか?

紅海エイラート湾(アカバ湾)

アカバ海洋保護区には浅海サンゴ礁、中深度サンゴ礁に加えて海藻場も生息しており、主要な生態系が含まれていること、そして地図の通り大きな海域ではないにしてもサンゴの繁殖から遺伝的適応、栄養循環といった重要な生態プロセスが維持されていることが認められました(完全性)。

ただし、他の自然遺産にもみられるように水質汚染や観光による影響などには注意が必要な状況となっています。

他の世界遺産と何が違う?

この自然遺産候補のユニークなポイントは先ほどご紹介した通り、なんといってもこの場所が世界で最北端のサンゴ礁であることがまず挙げられます。

紅海の最北端ということで、このエリアの海洋は高塩分かつ夏季に極端に水温が上がるという過酷な環境を生み出します。

そのような環境下で過去約1万年にわたり独特な進化と適応プロセスが続いてきたことで、熱にも強いサンゴ礁が誕生したと言えます。(登録基準ⅸ)

このことから、この地域は気候変動への適応メカニズムを研究する世界的な研究拠点にもなっていることも注目です。

さらに、アカバ海洋保護区には、

  • 150種以上の造礁サンゴ(ぞうしょう・サンゴ)が生息しており、うち約40種は絶滅危惧種である
  • 500種以上の魚類
  • 1,000種以上の軟体動物

が確認されており、紅海固有の造礁サンゴ種の約61%がこの領域に生息しているとされています。

サンゴ以外の魚類についても、80種以上が紅海又はアカバ湾固有種となっていることから、多くの絶滅危惧種と豊富な生態系を有しているといえます。(登録基準ⅹ)

この登録が意味すること

この世界遺産候補が登録されることの意義は、もちろん貴重な生態系を保護し、人間との共存を改めて考えることもそうですが、それ以上に未来へつながる可能性を秘めているからでもあります。

先ほどご紹介した通り、アカバ海洋保護区に生息するサンゴ群は熱に強いため、このエリアは気候変動への対応や、未来の海洋生態系を守るための研究拠点として注目されています。

世界遺産として登録された場合、アカバ海洋保護区は気候変動という21世紀の課題を象徴する現代的な自然遺産となり、過去や現在の自然を守るだけでなく未来に目を向けた世界遺産として重要な存在になるでしょう。

いかがでしたでしょうか。

今回ご紹介した世界遺産候補は、これまでの世界遺産にはあまり見られなかった特徴を持つものを選んでみました。

世界中の素晴らしい文化や文明、人類の歴史、生態系や自然を知ることで、より世界に目を向ける機会が増えることにつながれば幸いです。

参考:https://whc.unesco.org/en/sessions/48COM/documents/WHC/26/48.COM/8B Nominations to the World Heritage List