【世界遺産】インドネシア・プランバナン寺院の浮彫(レリーフ)を「読む」―物語と配置が誘うヒンドゥー教の世界

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インドネシアの世界遺産・プランバナン寺院には、時計回りに巡ることで「読む」ことができる物語を描いた浮彫(レリーフ)があり、そこには漫画のコマ割りのような仕掛けがなされているのはご存じでしょうか。今回はプランバナン寺院の浮彫や3つの祠堂の配置に隠された意味から、ヒンドゥー教の世界を紐解いていきます。

【世界遺産】プランバナン寺院の概要と浮彫(レリーフ)

世界遺産・プランバナン寺院の概要

プランバナン寺院はインドネシアのジャワ島中部、ジョグジャカルタの近郊にあるヒンドゥー教の寺院遺跡です。

なんといっても中央にそびえたつ3つの祠堂が目を引き、中央のシヴァ神を祀る祠堂の高さは寺院内で最も高く、47メートル。ビルの高さでいうと12階~15階相当にもなるそうで、インドネシアで最も高いヒンドゥー教の祠堂になります。

シヴァ神の祠堂には劣るものの、その両側にあるヴィシュヌ神とブラフマー神の祠堂、さらに東側にある3つの祠堂の規模もなかなかのもの。

そして、これらの祠堂がある内苑の周囲には石壁が備えられ、そこから一段下がった外側の中苑には224の小さな祠堂が内苑を囲むように建てられていましたが、その多くが崩壊してしまっています。

プランバナン寺院の主な建造物については9世紀中ごろ、856年に創建され、全体の完成は10世紀に入ってからと考えられています(諸説あり)。

今でも研究者の間で議論が交わされていますが、プランバナン寺院のすぐ近くには仏教寺院であるセウ寺院、ブブラ寺院、ルンブン寺院が残されており、この地域ではヒンドゥー教と仏教が共存し、その中でプランバナン寺院の造営が行われたのではと考えられています。

このあたりのお話は「【世界遺産】インドネシア・プランバナンの寺院群-なぜヒンドゥー教と仏教が同じ世界遺産に?」で詳しくご紹介していますので、ぜひこちらの記事もご一読ください。

プランバナン寺院の祠堂を豪華に演出する浮彫(レリーフ)

プランバナン寺院・ブラフマー祠堂の欄楯外面にある浮彫
プランバナン寺院・ブラフマー祠堂の欄楯外面にある浮彫(赤枠)

ヒンドゥー教寺院の特徴の一つが、祠堂を豪華に見せる華美な装飾にあります。

プランバナン寺院の祠堂は石造りで色彩こそないものの、建物の幾何学的な形状と壁に描かれた細かな装飾が不思議と一体感を保っており、見た目ほどごちゃごちゃした印象を受けません。

特に注目していただきたいのが、上の画像で赤枠で囲った部分にある浮彫(レリーフ)です。

浮彫(レリーフ)は石面を彫って描く彫刻で、石を彫って造られるため立体感が生まれ、まるでその部分だけ前に浮き出て見えるという特徴があります。

プランバナン寺院の祠堂には外側にも、神像が納められた中央の堂の欄楯(らんじゅん:周りを取り囲む柵のこと)にも数多くの浮彫が描かれており、これが祠堂全体を豪華に見せることで、どこか神聖な雰囲気を感じませんか。

上の画像で2つある赤枠のうち、上の赤枠のすぐ上と、祠堂の屋根にたくさんの球状の装飾が並べられていますが、これはRatna(ラトゥナ)と呼ばれる、インドネシアのヒンドゥー教寺院に見られる装飾です。

中央の3つの祠堂に施された浮彫の楽しみ方

祠堂にある浮彫(レリーフ)の構成とテーマ

数多く施された浮彫(レリーフ)ですが、特に見どころとして有名なのが中央のシヴァ、ヴィシュヌ、ブラフマー祠堂のそれぞれの神像が納められているお堂の外壁と、回廊の柵(先ほどの”欄楯”と同じ意味)に描かれた浮彫です。

まずは簡単にこれらの浮彫についてご紹介しましょう。

プランバナン寺院の浮彫の構成図
プランバナン寺院・シヴァ祠堂の浮彫簡略図

上の図は、シヴァ祠堂にある浮彫の場所を簡単に示したものです。

図では祠堂外面、欄楯内面と欄楯外面の3つの場所を示していますが、ヴィシュヌ祠堂とブラフマー祠堂も同じ構造になっています。(ただし、シヴァ祠堂の構造はやや複雑)

この3つの場所にある浮彫は場所ごとに違ったテーマを表しており、表にまとめると下記のとおりです。

シヴァヴィシュヌブラフマー
祠堂外壁ローカパーラ(方位神)
(諸説あり)
24体
アヴァターラ(未確定)
27体
マハーリシ
27体
欄楯内面ラーマーヤナクリシュナーヤナラーマーヤナ
欄楯外面(上段)舞踊像
(下段)生命樹と天人・動物
(上段)未確定
(下段)生命樹と天人・動物
(上段)リシ(諸説あり)
(下段)生命樹と天人・動物

祠堂外壁、欄楯内面と欄楯外面にある浮彫ですが、このうち欄楯内面の浮彫は他の2つの場所の浮彫と少し性質が異なっています。

それは、欄楯内面の浮彫はインドの古典叙事詩を由来とする「ラーマーヤナ」と「クリシュナーヤナ」の物語を描いたもので、この浮彫だけストーリーがあるということ。

これについては後ほど詳しくご紹介しますが、いずれの祠堂でも東側から入って時計回りに巡ること(つまり、右肩が常に内側の祠堂、左肩が外側の欄楯にある状態)でストーリーを追いながら浮彫を楽しむことができます。

3つの祠堂に共通する浮彫(レリーフ)が表すものとは?

プランバナン寺院・欄楯外面の下段にある浮彫
プランバナン寺院・欄楯外面の下段にある浮彫

上の表で3つの祠堂ともに共通しているのが、欄楯外面の下段にある「生命樹と天人・動物」の浮彫です。

上の写真の赤枠部分がこの浮彫なんですが、どの浮彫も3つのブロックから成っているのが分かりますでしょうか。

中央のブロックには獅子のような動物がいて、その左右には樹の幹の左右に一対の生き物のような浮彫がありますよね。

この樹は天界にある生命樹(せいめいじゅ)、又は如意樹(にょいじゅ)という樹であり、それぞれ生命を司ったり、願いをかなえてくれる樹と信じられています。

上の写真の手前左側の樹の両側には羽根を持ち、人の顔をした半人半鳥(天人)が、中央の赤枠の樹の両側は鳥の浮彫になっているのが見えるでしょうか。

このデザインはプランバナン特有のもので、この浮彫は天界の様子を表したものと考えられます。

そして、3つの祠堂にすべて共通することから、これより上は天界の領域になることを意味しているのです。

このように、浮彫をよく見ることで3つの祠堂の違いやそれぞれが表しているものが分かり、よりプランバナン寺院を楽しむことができます。

それでは続いて3つの祠堂で異なる祠堂外壁の浮彫についてご紹介します。

祠堂外壁の浮彫(レリーフ)は何を表している?

シヴァ祠堂外壁に描かれた方位守護神の浮彫

シヴァ祠堂外壁の浮彫
シヴァ祠堂外壁の浮彫

まずは中央の最も大きなシヴァの祠堂外壁にある浮彫(レリーフ)から見ていきましょう。

上の写真はシヴァ祠堂の外壁に描かれた浮彫です。

中央に男性神像が描かれ、それに従うように両脇に複数の従者がいますよね。

このような浮彫がシヴァ祠堂の周囲に計24体描かれており、この中央の男性神は「ローカパーラ」と言われています。

「ローカパーラ」というのは、各方角を守護する神様のこと。

日本の仏教においても東西南北をそれぞれ守る四天王(持国天・増長天・広目天・多聞天)の名前は聞かれたことがあるかもしれませんが、これと同じような位置づけとお考えください。

ただ、この24体の神様がすべてローカパーラなのかについては研究者によって意見が分かれています。

今回はそのうちの1つの説をご紹介します。

シヴァ祠堂の24方位神の関係
シヴァ祠堂の平面図を上から見たもの

こちらの図は、シヴァ祠堂の平面を上から見た図で、周囲に描かれている1~24が外壁の浮彫、周囲八方向に赤線を引いたものです。

赤い線が8つの方角、つまり東西南北とそれぞれの間の方角(北東、東南、南西、北西)を示していますが、この赤線を挟むようにして位置している数字が16個ありますよね。

これは1つの方角について、ローカパーラ、つまり方角神とシヴァ派ディグバンダと呼ばれる、シヴァが姿を変えてそれぞれの方角を守護している(つまりローカパーラ8体、シヴァ派ディグバンダ8体)と考えられています。

そうすると、方角に隣接していない残りの8か所(数字で②、⑤、⑧、⑪、⑭、⑰、⑳、㉓)の神様は誰なのか、ということになりますね。

この8体の神様についても完全に特定が出来ているわけではありませんが、先ほどの16体の神様と同じように、ヒンドゥー教における重要な神であろうとされています。

そして、例えばダルマ(調和の神)やカーマ(愛の神)などが挙げられていますが、プランバナンのシヴァ祠堂においてはこれらもシヴァが姿を変えて現れたものと考えられているのです。

要するに、祠堂の中のシヴァ神像を中心として、周りの24体の浮彫もすべてシヴァが姿を変え、この世のあらゆるものを司っている、ということですね。

ヴィシュヌ祠堂の外壁に描かれたヴィシュヌのアヴァターラ

ヴィシュヌ祠堂外壁の浮彫
ヴィシュヌ祠堂外壁の浮彫

続いてヴィシュヌ祠堂外壁の浮彫を見てみましょう。

こちらも先ほどのシヴァ祠堂外壁の浮彫と同じように、中央に男性神が、その両脇に従者が描かれています。ただし従者の数はシヴァ祠堂のそれに比べると少ないですね。

このような男性神の浮彫がヴィシュヌ祠堂の外壁に27体描かれていますが、27体すべての特定には至っていません。

27体の神様は似たような装身具を身につけているという共通点がある一方で、手に持っているものはそれぞれ異なっています(同じものもある)。

ヴィシュヌ神と言えば世界の秩序と維持を司る神様であり、このために様々な姿に形を変えて地上に降り立つことでも知られた神様です。

このように神が姿形を変えた姿を「アヴァターラ」(”アバター”という言葉の方が馴染みがあるかと思います。)と言いますが、27体の神様はヴィシュヌ神のアヴァターラであろうと考えられています。

ですが、今のところはっきりと分かっているのは手に持っているものが特徴的な「ラーマ」(弓と矢)と「バララーマ」(鋤(すき))だけ。

この他、ヴィシュヌ祠堂の中からこれまで「ヴァーマナ」「ナラシンハ」「ヴァラーハ」という、いずれもヴィシュヌのアヴァターラ像が発見されていることから、浮彫はヴィシュヌのアヴァターラ像という可能性は高いように思います。

ヴィシュヌ祠堂がヴィシュヌを祀った祠堂であることから、浮彫もヴィシュヌ神に関連するものと考えることはとても自然ですよね。

ヴィシュヌ神のアヴァターラについては「【世界遺産】アンコール・ワットを100倍楽しむために知っておきたいヒンドゥー教マメ知識4選」でも紹介しています。シヴァ、ヴィシュヌ、ブラフマーの三神もご紹介していますので合わせてご覧ください。

ブラフマー祠堂外壁の浮彫はリシ(聖者)

リシが描かれたブラフマー祠堂外壁の浮彫(プランバナン寺院)
ブラフマー祠堂外壁の浮彫

最後にブラフマー祠堂外壁の浮彫についても見てみます。

こちらも先ほどのヴィシュヌ祠堂の浮彫と似ていますが、特徴的なのが中央の像に長い髭(ひげ)をたくわえ、ジャターマクタと呼ばれる結いた髪で作られた冠姿の人物が描かれていること。

このような風貌から、この像はリシと呼ばれる聖者が描かれたものと考えられています。

ここで少しブラフマー神についてご紹介しましょう。

ブラフマー神は世界を創造した神であり、世界の創造と合わせて口から知恵(ヴェーダ)が生まれました。

これがヒンドゥー教の聖典でもある「ヴェーダ」となるわけですが、この「ヴェーダ」は4つに分割されて時代の節目が来るたびに「整理・編集」されると信じられています。

このことからブラフマー祠堂の外壁に描かれたリシ(聖者)は、「ヴェーダの編集者」と考えられているのです。

外壁に描かれたリシの数は全部で27体、そして祠堂に納められたブラフマー神が最初の「ヴェーダ」編集者でもあるので、これを合わせると28体。

実はこの「28」という数字にも意味があると考えられています。

ヒンドゥー教の宇宙論によると、ブラフマー神(宇宙)の1日は約43億2千万年という途方もない時間になるのですが、私たちが生きている現在はこの1日を14周期に分けた7番目のマヌヴァンタラにあるそうです。

このマヌヴァンタラはさらにマハー・ユガ71周期に分けられ、現在は28番目の周期に属しているとされています。

そして、マハー・ユガごとに「ヴェーダ」が編集されるため、28番目の現在はちょうど28回目の編集が終わった時期なんです。

ブラフマー祠堂のブラフマー神像と外壁のリシの浮彫の合計28体は、この28回の編集が終わった現在を表していると考えられています。

欄楯内面に描かれた浮彫が表す物語

シヴァ祠堂とブラフマー祠堂にわたって描かれた「ラーマーヤナ」の浮彫

ラーマーヤナのお話

続いて、3つの祠堂の欄楯内面に描かれた浮彫(レリーフ)についてご紹介しましょう。

先ほどお伝えしたように、欄楯内面の浮彫は先ほど見た祠堂外壁の浮彫とは違って古代インドの叙事詩のストーリーが描かれています。

したがって、回廊を時計回りに回りながら浮彫を見ることでこのストーリーを「読む」ことができるというわけです。

まず、シヴァ祠堂とブラフマー祠堂には「ラーマーヤナ」の浮彫が描かれています。

「ラーマーヤナ」というのはヒンドゥー教の聖典でもあり、古代インドで誕生した長編叙事詩(じょじし:神話や英雄の物語を語った詩)で、映画にもなるなど広く親しまれている物語です。

非常に長い物語なので、ここでは簡単にストーリーのあらすじだけかいつまんでお伝えすると;

ラーマーヤナのお話

アヨーディアという国のダシャラタ王には子どもがおらず、子どもを授かる祭祀をして神に祈りを捧げていたところ、ヴィシュヌ神が神秘の飲み物を持って現れました。

この飲み物を飲んだ王妃は妊娠し、王にはラーマ、バラタ、ラクシュマナ、シャトルグナという子どもが誕生するのですが、この時ランカー島を治めていたラーヴァナを恐れていた国王のため、ヴィシュヌ神がラーマに化身して地上に降り立ちました。

成長したラーマは冒険の末、ミティラーという国のジャナカ王の娘であるシータを妻に迎えます。

やがて、ダシャラタ王は長男であるラーマを次の王にしようとしますが、第2王妃カイケーイーの申し出によってその息子のバラタが王に。

ラーマはこれを快く受け入れ、妻のシータ、そしてラクシュマナとともに放浪の旅にでます。

王になったバラタも、ラーマこそが王にふさわしいと、ラーマに国に戻ってもらえないかと頼みましたが、ラーマは履いていた草履を統治の象徴、自分の形見としてバラタに与え、国には戻りませんでした。

その後もいろいろな場所を旅したラーマ一行ですが、シータをラーヴァナの手下によってさらわれてしまいます。

シータをラーヴァナから取り戻すため、ラーヴァナ軍との決戦に臨むラーマは、猿王のスグリーヴァに助けを求め、猿王の軍勢もラーマの味方になりました。

猿王の軍勢にいたハヌマーンがランカー島に偵察にいき、そこでシータを見つけ、これをラーマに報告。

ラーマと猿王の軍勢は海を渡るために海神の力を借り、ランカー島への道が造られました。

そうしてラーマとラーヴァナ軍の激しい戦いの末、ついにラーマはラーヴァナ軍を打ち破り、シータを奪還。

二人はアヨーディアに帰還し、ラーマがめでたく王になり、多くの仙人たちがそれを祝福するために訪れました。

ところが、ラーヴァナ軍にとらえられていたシータの潔白に民衆が疑いを持ったため、ラーマはやむなくシータを国から追放します。

その後、シータは森で仙人のヴァールミーキの弟子たちに発見され、かれらの庵で双子のクシャとラヴァを出産しました。

その後、長い年月が経った後、ラーマは国で開催していた祭りに来ていたヴァールミーキと二人の弟子、そしてラーマの息子に偶然会い、お互いの生い立ちを知り、シータの潔白を晴らす決意を固めます。

ところがシータは、大地に向かって自分をその胎内に受け入れてほしいと呼びかけ、そのまま大地の奥深くに姿を消してしまうのです。

こうして人生の意味を失ったラーマは、アヨーディアの国王であることに意味を見出さなくなり、ヴィシュヌ神として天界に戻っていきました。

なお、「ラーマーヤナ」は話にも出てくるヴァールミーキという人物によって書かれたものが一般的ですが、国や時代によって異なるバージョンに分かれており、必ずしもストーリーは全世界で共通というわけではありません。

シヴァ祠堂とブラフマー祠堂の「ラーマーヤナ」

「ラーマーヤナ」は非常に長いお話のため、これらすべてを祠堂の限られたスペースで表現するのは難しく、ダイジェスト版にならざるを得ません。

プランバナンではこの「ラーマーヤナ」をシヴァ祠堂とブラフマー祠堂に分けて浮彫で描いていますが、流れとしてはシヴァ祠堂→ブラフマー祠堂です。

先ほどご紹介した「ラーマーヤナ」のあらすじでいえば、シヴァ祠堂はラーマと猿王の軍勢がランカー島に行くために海を渡ろうとする場面で終わっており、ブラフマー祠堂ではそこから後の物語が描かれています。

浮彫(レリーフ)に施された仕掛け

鳥を威嚇するラーマ(ラーマーヤナの浮彫、プランバナン寺院)
鳥を威嚇するラーマ(右2つの浮彫)(シヴァ祠堂)

こちらは先ほど載せたシヴァ祠堂のラーマーヤナの浮彫ですが、図に赤い線を引いています。

この浮彫を見ると、石の色の違いから上のように大きく5つのブロックに分かれていることがお分かりでしょうか。

これは単に浮彫がいくつかの石を組み合わせて出来ているというだけでなく、このブロックそのものにも意味があるのです。

例えば、中央には寄り添って座っている二人の王族のような人物たちが描かれている一方で、その右側には一番右側にいる翼を広げた鳥(ただし、頭部は破損)に対して何やら左手を伸ばしている人物が描かれています。

中央の人物たちは小屋の中にいるように見えるのに対して、右側の人物と鳥は実がなっている木とともに描かれているので、森の中にいることが分かり、これらを1つの場面として見ると、つじつまが合わないですし違和感がありませんか。

これはブロックで区切られた石がそのまま漫画のコマ割りのような役目を果たしており、違う場面や違う時系列を表しているのです。

すべての浮彫がそのようになっている、というわけではないのですが、区切られた石板にも浮彫を表現する上で意味があることを知っているとより楽しめるかと思います。

ヴィシュヌ祠堂に描かれた「クリシュナーヤナ」の浮彫

妊娠姿のデーヴァキー、クリシュナーヤナ(ヴィシュヌ祠堂、プランバナン寺院)
クリシュナーヤナの浮彫(ヴィシュヌ祠堂)

クリシュナーヤナのお話

最後にヴィシュヌ祠堂で描かれている「クリシュナーヤナ」の浮彫(レリーフ)についてご紹介します。

「クリシュナーヤナ」というのはヴィシュヌ神の化身の一人であるクリシュナの生涯の物語で、主人公が生まれてから最後に悪者を倒す、という大きな物語の主旨は「ラーマーヤナ」と共通しています。

ここでも簡単に「クリシュナーヤナ」の物語をお話しすると;

クリシュナーヤナのお話

マトゥラー王国にデーヴァキーという王妃がいました。

デーヴァキーはクリシュナを妊娠していたのですが、暴君であった兄(または従兄)のカンサはある日、

『デーヴァキーが産む子ども(クリシュナ)によって、将来お前は殺されるだろう。』

という予言を受けてしまいます。

この予言を受けてから、カンサは次々と悪の化身(ラークシャサ)たちを送り込んでデーヴァキーを、そしてクリシュナが生まれてからはクリシュナを殺そうとしましたが、ことごとく失敗。

クリシュナを殺害しようとするたくらみは様々で、

  • 毒を含んだ母乳をクリシュナに飲ませようとする
  • ロバや大蛇に変身したラークシャサを送り込んでクリシュナを殺そうとする

など、あの手この手を使いました。

これらの困難に打ち勝ったクリシュナはとうとうカンサと対面し、格闘競技でカンサを倒すことに成功。

カンサを打ち倒したクリシュナは、牢獄で捕らわれていた生みの両親を解放し、王国には平和が戻りました。

ちなみに先ほどの画像に描かれている浮彫は、妊娠しているデーヴァキー(中央)とその侍女たちが描かれていますが、右側の侍女は何やら悪者の顔をしているように見えますね。

浮彫(レリーフ)の楽しみ方

先ほどご紹介した「ラーマーヤナ」の仕掛けは、「クリシュナーヤナ」の浮彫でも同じように使われていますので、それを見ていきましょう。

敵を倒すクリシュナ(ヴィシュヌ祠堂)、プランバナン寺院
敵を倒すクリシュナ(ヴィシュヌ祠堂)

この浮彫は、カンサがクリシュナを殺すために次々と送り込んだ敵をクリシュナが退治する姿が描かれていますが、全部で4つの場面に分かれています。

一番左側には大蛇アガの口をこじ開けているクリシュナ、その右側には笛を持って踊っているクリシュナ、さらにその右側には誰か分かりませんが敵の両足を押し広げて倒しているクリシュナが、そして一番右にはロバの姿をしたデーヌカという敵を退治しているクリシュナの姿が。

つまり、どの石板でも大きく描かれているのは同一人物でクリシュナになる、というわけです。

そして、それぞれの場面の区切りが分かるように一番左には木の装飾、その次に持ち上げている蛇、さらに右に装飾、その右には持ち上げている敵の足がそれぞれコマ割りの役目を果たしているように見えます。

「ラーマーヤナ」の浮彫もそうですが、このコマ割り以外にも登場人物の向きや視点、描かれている高さなどをよく見ると自然に浮彫を見る側の視線を誘導しているように見えるのがなんとも面白いところで、そこまで考えて1,000年以上前に造られたこの浮彫の凄さを改めて実感します。

浮彫(レリーフ)から見るプランバナン寺院のヒンドゥー教世界

インドネシア、プランバナン遺跡

ここまでプランバナン寺院のシヴァ祠堂、ヴィシュヌ祠堂、ブラフマー祠堂の浮彫(レリーフ)をご紹介してきましたが、最後にこの浮彫の意味について考えてみたいと思います。

シヴァ神を最高神とする世界

まず3つの祠堂の浮彫(レリーフ)のうち、「ラーマーヤナ」と「クリシュナーヤナ」の物語を除く浮彫から考えてみます。

シヴァ祠堂では方位神とシヴァが姿を変えたディグバンダの神像が全方位に描かれており、ヴィシュヌ祠堂でもヴィシュヌ神のアヴァターラと考えられる神像、ブラフマー祠堂ではブラフマーとゆかりの深いリシの浮彫が祠堂外壁に描かれています。

つまり、それぞれの祠堂は祀られているシヴァ神、ヴィシュヌ神、ブラフマー神への信仰を目的としていることが浮彫からも考えられそうです。

ただし、この三神が同じように信仰されているかというと、シヴァ神の祠堂だけが他の二神の祠堂よりも大きく、そして豪華に造られていることを考えると、シヴァ神を最高神として祀っているように考えられます。

先ほどシヴァ祠堂外壁の24体の神像の浮彫についてご紹介しましたが、実はシヴァ派ディグバンダの8体の内、南の守護はブラフマー神、北の守護はヴィシュヌ神なんです。

そして3つの祠堂の位置関係をみると、シヴァ祠堂を中心として北側にヴィシュヌ祠堂、南側がブラフマー祠堂となっており、シヴァ派のディグバンダと祠堂の位置関係が整合しています。

このことを考えると、シヴァ祠堂において世界のあらゆる場所・存在を最高神のシヴァが司り、北側にはヴィシュヌ神が、そして南側にはブラフマー神がそれぞれその領域を持って存在している、という見方もできそうですね。

三神一体(トリムルティ)から見たプランバナン寺院

ヒンドゥー教において、ブラフマー神は創造を司り、ヴィシュヌ神は維持・救済、そしてシヴァ神は破壊・再生を司る神ですが、この三柱が一体となってそれぞれの役割を果たしているとする考えをトリムルティと言います。

プランバナン寺院の場合、シヴァ祠堂がより大きく造られていることから、三神を並列に考えるトリムルティとは少し意味合いが違いますが、創造・維持と救済・破壊と再生という観点から浮彫を見てみます。

欄楯外面の舞踊像の浮彫(シヴァ祠堂)

浮彫(レリーフ)の紹介で欄楯外面の浮彫についてご紹介しましたが、特に有名なのがシヴァ祠堂の舞踊像(ぶようぞう)です。

他の二神の祠堂の同じ場所の浮彫は坐像など、静的な浮彫になっているのに対し、シヴァ祠堂のそれは踊り(カラナ)を表現した浮彫になっていて、対照的ですよね。

破壊と再生を司るシヴァ神は、踊ることで破壊と再生を生み出すとされているため、シヴァ祠堂にはこのような舞踊像の浮彫が描かれているのだと考えられています。

また、3つの祠堂では「ラーマーヤナ」と「クリシュナーヤナ」の物語が浮彫として描かれていますが、これはまさにヴィシュヌ神による維持と救済のお話でもあります。

ヴィシュヌ祠堂だけでなく、3つの祠堂すべてにヴィシュヌ神由来の浮彫が描かれていることは、この寺院そのもの、そして三神一体の「維持」に対する願いが込められているのではないか、筆者はそう感じました。

先ほど、プランバナン寺院はシヴァ神を最高神と位置付けているとお話ししましたが、浮彫や3つの祠堂からは三神一体というヒンドゥー教の宇宙観も感じることができます。

浮彫(レリーフ)で物語を示す意味

プランバナン寺院の浮彫(レリーフ)として、「ラーマーヤナ」と「クリシュナーヤナ」の2つの物語が描かれているわけですが、なぜこれらの物語を浮彫として描いたのでしょうか。

そこにはやはり、「物語」を浮彫という絵にして見せることでヒンドゥー教の教えを分かりやすく人々に伝える、という意図があったように思います。

これは世界遺産の仏教遺跡であるボロブドゥール遺跡の浮彫と相通ずるものでもあるのですが、3つの壮大な祠堂でヒンドゥー教の三神がいる「天界」をこの世に創りだし、そこを訪れる人々がその聖域に足を踏み入れ、浮彫を見ながら参拝することで自然とヒンドゥー教の教えや宇宙観を身につける―。

聖域であることを示すだけでなく、教えや思想を伝えるものとして非常に重要な要素として、浮彫があるのだと筆者は考えています。

いかがでしたでしょうか。

まだまだ分かっていないこともたくさんある世界遺産・プランバナン寺院の浮彫ですが、ぜひ皆さんも訪れた際には浮彫にも注目して楽しんでください!

取材後記

筆者がプランバナン寺院の3つの祠堂に上がった時、やはり真っ先に目が行ったのは物語の浮彫(レリーフ)で、石で造られているのに躍動感があるんです。

物語の浮彫は大人の目線からするとやや低い位置にあるのですが、これは子どもの目線からすると一番迫力がある高さになるのでは?とふと思いました。

(参照:「In Praise of Prambanan」 ROY E. Jordaan、「Rama-Legends and Rama-Reliefs in Indonesia」Willem Stutterheim、「The Causeway Episode of the Prambanan Rāmāyaṇa Reexamined」ROY E. Jordaan、「Relief Tokoh pada Dinding Tubuh Candi Wisnu Kompleks Candi Prambanan」Rico Hamzah、「A new identification for the 24 directional deities on
the Śiva temple of the Loro Jonggrang complex」Andrea Acri and Roy Jordaan、「The Grand Finale The Uttarakāṇḍa of the Loro Jonggrang Temple Complex」Cecelia Levin)