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【世界遺産】高野山・壇上伽藍を100倍味わう見どころ徹底ガイド~根本大塔に見る密教浄土の世界~

世界遺産・高野山は弘法大師・空海によって開創された、真言密教の道場(修行の場)。その中心となるのが、壮大で美しい根本大塔を始めとする壇上伽藍です。
壇上伽藍は弘法大師・空海の設計をベースに完成されたものですが、そこには「この世に密教浄土を創る」という空海の思いが込められています。今回はそんな壇上伽藍の見どころと楽しみ方を徹底解説します!

【世界遺産】高野山・壇上伽藍を楽しむために知っておきたい真言密教の教え

世界遺産・高野山の壇上伽藍のお話をする前に、この地が真言密教の道場として開創されたことを知っておく必要があります。

そこで、まず初めに基本的な真言密教の教え、特に他の宗派にはない特徴を3つご紹介します。

「密教」って何?

弘法大師・空海が留学僧として唐に渡り、持ち帰ってきた教えを独自にアレンジしたものを真言密教と呼んでいます。

大きなくくりで言えば真言密教も仏教の中の、大乗仏教という種類に区分される教義であり、この点では浄土真宗や天台宗といった日本の他の仏教宗派とは同じ分類に含まれます。

ですが日本の他の仏教宗派と真言密教が異なる点が、他の日本の仏教宗派は「顕教」と呼ばれているのに対し、真言密教は「密教」と呼ばれていること。

簡単に言ってしまえば、他の宗派は言葉で簡単に理解することができ、実践も可能な宗派であるのに対し、密教はその教えを言葉で伝えることが困難であり、このため寺に入って一定の修行と実践を積まなければその教義を身に付けることができないとされています。

秘「密」の教え、だから「密教」と呼ばれているわけです。

真言密教の本尊

仏教の宗派にはそれぞれ「本尊」と言って、その教義において最も最高位としている仏様がいらっしゃいます。

例えば浄土真宗であれば阿弥陀如来となりますが、真言密教では大日如来がご本尊になります。

この大日如来がどのような仏様かというと、少し難解ではありますが、「法身仏」といってこの世の真理そのものであり、世界の中心でもある存在です。

分かるようでよく分かりませんよね。

「法身仏」というのは、究極の教えや真理そのものが仏様の形になったもので、目に見えないものを具現化したもの、と言えば分かりやすいでしょうか。

ですが、大日如来は単にそのような教えや真理そのものというだけでなく、自らも説法をあまねく説く存在でもあります。

ちなみに同じく世界遺産に登録されている奈良の東大寺、こちらの大仏様も廬舎那仏という仏様ですが、「法身仏」という点では密教にとても近い存在です。

即身仏の考え

真言密教の教義の特徴の1つが「即身仏」(そくしんぶつ)という考えです。

先ほど、大日如来はこの世の究極の教えと真理そのものであるとお話ししましたが、これをさらに広げていくと、目に見えるありとあらゆるものは大日如来の説く真理と教えが形を変えたものである、と考えられています。

これは私たち人間も同じで、このことからその真理と教えを正しく身に付けることができれば、私たちも大日如来と一体、つまり仏として悟りを開くことができるということ。

このような教えを「即身仏」と言います。

浄土真宗と対比して考えると分かりやすいですが、浄土真宗では「阿弥陀如来の御救いによって死後に浄土に往生できる」と説く教義であり、浄土に行くことができるのはあくまでも死後、つまり未来となります。

一方、密教で説く「即身仏」は今生きているこの時でも、密教の教えを身に付けることで悟りを開くことができると言っているわけですから、ある意味で現世主義と言えます。

真言密教が「私たちが今生きている世界」において救いの教義を説いている、という点は覚えておいてください。

両界曼荼羅

真言密教に関連するものとして有名なのが「両界曼荼羅」(りょうかいまんだら)と呼ばれる幾何学的な絵です。皆さんも一度はどこかで見たことがあるのではないでしょうか。

先ほど、密教は言葉で説明することが難しい、とお話ししました。両界曼荼羅はその教えを分かりやすく絵にしたものです。

「両界」という名前の通り、二つで1つの教えを説いているというのが両界曼荼羅の特徴で、「両界」というのは「胎蔵界」(たいぞうかい)と「金剛界」(こんごうかい)と呼ばれるもの。

言葉は難しいですが、密教に含まれる2つの教義、と思ってください。

真言密教の開祖はご本尊である大日如来ですが、そこから教えが伝わる中で「大日経(だいにちきょう)」と「金剛頂経(こんごうちょうきょう)」という二つの教えが誕生します。

どちらも大日如来を本尊としながらも教えが異なっているのですが、この二つを合わせて1つの教義としたのが弘法大師・空海が唐で教えを受けた第七代開祖の恵果(けいか)阿闍梨で、空海は第八代開祖としてこの教えを引き継ぎました。

つまり、大日経と金剛頂経が密教における経典ということです。

ちなみに、大日経は大日如来のお慈悲を説き、私たちの中にも仏様の心が存在している、と説き、金剛頂経というのは密教において修行を実践する重要性を説いています。

大日経と金剛頂経をセットで考えると、先ほどお話しした即身仏の考えにもたどり着くわけです。

【世界遺産】高野山・壇上伽藍の中心、根本大塔って何?

根本大塔

根本大塔って何?

それではいよいよ世界遺産・高野山の中心、壇上伽藍についてご紹介していきます。まずは壇上伽藍の中心であり、最も重要な存在である根本大塔をご紹介しましょう。

根本大塔(こんぽんだいとう)。
壇上伽藍でも最も大きく、その鮮やかな白と丹(朱色)の建物は思わず見とれてしまうほど美しく静かに佇んでいます。

仏教寺院でこのように高くそびえ立つ建物といえば、日本では多重塔をイメージされる方が多いと思います。奈良・薬師寺の双塔や法隆寺の五重塔など、いずれも仏教寺院の伽藍ではひときわ目を引く存在ですよね。

高野山の壇上伽藍における根本大塔もこのような多重塔と同じ存在かというと、実はそうではなく、全く別の意味を持った建物です。

まず、日本でよく見る多重塔のルーツは、インドやスリランカでよく見る「ストゥーパ」と呼ばれるもの。

ストゥーパは日本語で言うと「仏塔」と呼ばれますが、これはお釈迦様の遺骨が埋められている場所です。それが日本に伝わる中で形が変わり、多重塔の姿になっています。

一方、高野山・壇上伽藍の根本大塔というのは、弘法大師・空海が密教の教えを具現化するために構想し、造られたものです。(残念ながら根本大塔が完成したのは空海の御入定後です。)

このため、根本大塔は真言密教の象徴であるとともに、高野山・壇上伽藍の根本大塔が日本で最初に作られたものとなります。

その後日本の真言密教寺院でも根本大塔のような建物が造られるようになりましたが、これらは総称して「多宝塔」と呼ばれています。

根本大塔の内部

根本大塔内部

根本大塔の内部は開放されており参詣者は中に入ることができますので、是非中に入ってください(ただし、入場料500円。内部の集金箱か、寺務所にて支払い。)。

内部は外から観るよりもとても広く感じますが、大日如来の像を中心としてその周囲に四つの仏像が配置され、さらにその周りに立つ十六の柱には十六菩薩が描かれています。

大日如来が中心にいらっしゃるのはもうお分かりですよね。真言密教の本尊であり、中心だからです。

大日如来を取り囲む四つの仏像と柱に描かれた十六菩薩は金剛界における四仏とそれを囲む十六菩薩になっています。ちなみに、それぞれの御名前は上の図をご参照ください。

こちらを見て何か思いつきませんか?

そうです、この配置はまるで曼荼羅の世界を立体的(三次元)に表現したように見えますよね。これこそが、弘法大師・空海の構想だったのです。

大日如来と四仏を囲む十六菩薩にはすべて「金剛」の名前が付いていることから、これは金剛界の菩薩であることが分かります。同様に、四仏も金剛界の仏様です。

ですが、中心にいらっしゃる大日如来の仏像だけは胎蔵界のものとなっています。

金剛界を表したものかと思いきや、胎蔵界の大日如来が中心に置かれており少し違和感を感じますね。これについては後ほど理由をご説明します。

大日如来と四仏の仏像はもちろんですが、それを取り囲む柱に描かれた十六菩薩もまるで宙に浮いているかのような効果があり、まさに根本大塔の内部には密教浄土の世界が広がっていると言えるでしょう。

また、内部の四面には弘法大師・空海に至るまでの密教の開祖の肖像画が飾られていますので、そちらもぜひご覧になってください。

根本大塔の外観

現在の根本大塔は1937年に再建されたもので、その高さは48.5メートルにもなる壮大な建築物になり、先ほどご紹介したように日本で最初の多宝塔になります。最初の完成は887年頃。

外観としては二層の建築物に見えますが、中は吹き抜けになっているため厳密には一層構造となります。

形にも特徴があり、下部は方形(四角形)になっているのに対し、中間部は円形になっているのがお分かり頂けるかと思います。

奈良や京都のお寺でも講堂、金堂、多重塔など基本的に方形の形が多いので多宝塔の形はそれだけでも特徴があるものですが、中間部の円形は大日如来の教えが四方八方にあまねく広がっていく様子を表したものと言われています。

根本大塔の前に立つ金堂もそうですが、建物の土台になっている基壇部分もかなり高めに造ってあり、大塔の壮大さがより強調されています。

【世界遺産】高野山・壇上伽藍の見どころ解説

それでは根本大塔以外の壇上伽藍の見どころを簡単にご紹介しておきます。

中門(ちゅうもん)

中門

高野山への参詣道としては慈尊院から大門へ続く町石道(ちょういしみち)が表参道に該当するのですが、大門から高野山内に入り、金堂の前に建てられているのがこちらの中門(ちゅうもん)です。

大門と同様、聖域である壇上伽藍への入り口として建てられた中門ですが、1843年に焼失して以来、2015年に高野山開創1200年の記念事業として再建されるまでは疎石だけが残る寂しい状態となっていました。

現在は、焼失から免れた持国天と多聞天に加えて新たに創作された増長天と広目天が加わり、四天王によって聖域が守られています。

再建に当たって使われた木材のほとんどが高野山内で採れる木から利用されており、西塔の奥には中門再建のために伐採された桧(ヒノキ)の切り株を観ることができます。

また、現在の中門の建築様式は五間二階の楼門様式になっています(五間というのは五つ間があること、つまり柱は六本)が、これは鎌倉時代(1253年)に再建された様式を踏襲したものです。

よく見て頂きたいポイントとして、中門と大塔の朱色が微妙に違っている点があります。中門は大塔に比べるとやや暗い朱色になっていますが、これは鎌倉時代の中門の色を再現したためです。

金堂

金堂

中門をくぐると目の前にある建物が金堂です。高野山の開創時は「講堂」と呼ばれていました。

こちらも拝観料500円を払えば中を見学することができます。

現在の建物は1932年に完成したもので、梁間23.8メートル、桁行30メートル、高さ23.73メートルという立派なもの。本尊とされているのは秘仏の阿閦(あしゅく)如来(薬師如来と同体)です。

金堂では現在でも修正会(しゅしょうえ)や結縁灌頂(けちえんかんじょう)といった重要な行事が行われています。

高野山の創建に当たっては次にご紹介する御社(みやしろ)と並んで最も最初に作られた建物になります。

御社(みやしろ)

御社

金堂の西側の少し高台に造られたのが御社(みやしろ)です。

こちらは高野山をはじめ、この地に古くから鎮座されている丹生都比売大神とその御子である高野明神が祀られています。

弘法大師・空海は高野山の開創に当たって、まず最初にこの二柱の神様をこの場所にご勧請することから始めました。空海であっても、この地に古くから伝わる神々への信仰を怠らず、丁重にお祀りされたということになり、これがその後日本で深く根付く神仏習合の先駆けになったと言われています。

仏教だけでなく、この地の神々を信仰する心は今も引き継がれており、現在でも毎日高野山の僧が、御社の前でお経を読む姿を観ることができます。

外側からでは分かりにくいですが、御社の境内には白黒の二匹の狛犬が置かれている点はぜひチェックしてみてください。この二匹の犬は、弘法大師・空海が高野山を開創するきっかけとなった高野明神との出会いのエピソードを示したものになっています。

祀られている神様のお話しに関しては下記の記事も合わせてお読みください。

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山王院(さんのういん)

山王院

御社の前に立つのがこちらの山王院(山王院)です。

山王院という名前になっているのは、ここが壇上伽藍という仏教寺院であるためですが、役割としては目の前の御社に向かって祈願する拝殿としての位置づけになります。

山の神に向かって祈願することから、「山王」院という名前になりました。

こちらの山王院では旧暦の五月に「山王院竪精」(さんのういんりっせい)、旧暦六月に「御最勝講」(みさいしょうこう)という儀式が行われます。

「山王院竪精」は密教における学道、つまり勉強のようなもので問答形式で行われるものです。「御最勝講」は「金光明最勝王経」と呼ばれる経典を講讃し、鎮護国家を祈る法会であり、問答も行われます。

いずれも、山王院で行われることでその実践的な修行の成果を神前にて報告するものであり、この二つの儀式を無事クリアした僧は「院家」から「上綱」(じょうごう)という称号が付与されることになります。

このように、僧の昇格試験を神前で行うというのは高野山の特色と言えます。

六角経蔵(ろっかくきょうぞう)

六角経蔵

山王院の南側にあるひときわ目を引く白いお堂が六角経蔵(ろっかくきょうぞう)です。

鳥羽天皇の妃の美福門院(びふくもんいん)が、天皇の菩提を弔うため一切経千巻を納めるために寄進されたもので、1159年に建立されましたが、現在のものは1934年の再建となります。

お堂の外側には取っ手がついており、これを押して一周回すと一切経を一回読経したのと同じ功徳が得られると言われています。千巻を一回りで読経できるのであれば、かなりおトクに思えますが、それなりに重いです。

西塔(さいとう)

西塔

壇上伽藍の西側にひっそりと建っているのがこちらの西塔(さいとう)です。

姿形は根本大塔にとてもよく似ていますが、こちらは木造の建物でなんだか時の流れを感じさせる風情があります。高さは27.2メートルと、根本大塔に比べると一回り小さいサイズになっています。

この西塔が最初に建立されたのは886年と言われていますが、こちらもその後焼失を繰り返し現在の姿は1834年のものです。

さきほど、根本大塔は887年頃の完成と言いましたが、西塔の方が完成が早かったのはその大きさによるものでしょう。

建立に着手したのは根本大塔が先ですが、高野山創建の816年から着手したとすると完成まで70年ほどかかっており、あの大きさの建物を造るのには莫大な費用がかかったものと思われ、西塔が根本大塔より小さいのはその予算が足りなくなったからでは、とも言われています。

西塔は高野山では最も大きな木造建築物であり、納められている大日如来像は創建当初のものと伝えられ高野山最古のものと言われています。

実はこの西塔と先ほどご紹介した根本大塔が一対をなす関係になっており、西塔は中に入ることができませんが、内部には金剛界の大日如来を中心に、その周りを胎蔵界の四仏(宝幢如来、開敷華王如来、無量寿如来、天鼓雷音如来)(ほうとうにょらい、かいふけおうにょらい、むりょうじゅにょらい、てんくらいおんにょらい)が囲んでいます。

つまり、根本大塔と西塔で両界曼荼羅の世界が体現されているというわけです。

ちなみに壇上伽藍の東側に「東塔(とうとう)」という多宝塔がありますが、こちらは白河上皇の御願により建立されたもので、当初空海が設計したものとは関係ありません。

孔雀堂(くじゃくどう)・准胝堂(じゅんていどう)・御影堂(みえいどう)

(左から)孔雀堂・准胝堂・御影堂

西塔から根本大塔に向かう間に並んで経っているのが、西から順に孔雀堂(くじゃくどう)・准胝堂(じゅんていどう)・御影堂(みえいどう)です。

孔雀堂は後鳥羽法皇の御願により、雨ごいのため1200年に奉納された建物ですが、1926年に焼失し、現在の姿は1983年に再建されたもの。本尊は孔雀明王です。

准胝堂は光孝天皇の御願により、空海の跡を継いで高野山の運営を担った真然(しんぜん)大徳が建立したものです。

現在の建物は1883年の再建によるもので、本尊の准胝観音は密教修行者の守り本尊と言われています。

最後に、御影堂は弘法大師・空海が住まわれていた建物と言われ、空海の持仏堂でしたが、空海の入定後はその御影(姿絵)が納められています。ちなみにこの御影は日本最古の弘法大師御影です。

こちらも1847年の再建になります。

【世界遺産】高野山・壇上伽藍と根本大塔に秘められたメッセージ

伽藍配置に見る密教世界

世界遺産・高野山の壇上伽藍の主な見どころを一通りご紹介しましたが、ここで改めてこの壇上伽藍の設計に着手した弘法大師・空海に思いを馳せてみましょう。

まず最も重要な根本大塔と対をなす西塔は、「御図記」(ごずき)という弘法大師・空海が遺した壇上伽藍の建立計画案に沿ったものです。

空海は834年に「毘盧遮那法界体性塔二基」(びるしゃなほうかいたいしょうとうにき)を発願していることから、当初から大塔二基を建立したかったことは明らかです。

また、根本大塔は壇上伽藍の東側、西塔は西側に建てられていますが、この位置関係にも意味があります。それは、胎蔵界では東が最高位とされ、金剛界では西側が最高位とされていること。

根本大塔は胎蔵界の大日如来が、西塔には金剛界の大日如来が中心に置かれているのはそのためです。

さらに言えば、金堂から見て御社も西側にあるわけですが、これも胎蔵界が大日如来の教えやお慈悲を説く言わば仏界の教えであるのに対し、金剛界はどちらかというと物理的な実践に重きを置くものであり、それはすなわち現世界であると言えます。

そう考えると、現世界での実践として密教の他に古くから伝わる神々への信仰があれば、それも合わせて大切にせよとするのが金剛界の説く教えであり、そのため御社も西側に建てられているのです。

また、金堂の北側にある御影堂は弘法大師・空海の持仏堂であったことを考えると、空海の入定信仰によって弘法大師・空海は今弥勒菩薩の元におられることから、御影堂は弥勒菩薩が本尊とも言えます。

そして、弥勒菩薩が司る方角は北。ですから、金堂の北に位置しているわけです。

いかがでしょうか。

重要な行事が行われる金堂で祈りと読経が捧げられることで、東側の胎蔵界、西側の御社と金剛界、そして北の弥勒菩薩と弘法大師・空海が結ばれることになるのです。

根本大塔と西塔の意味するもの

壇上伽藍において、根本大塔と西塔は対になる存在であり、二つで一つを表したものとお話ししました。

密教において、つまりそれは胎蔵界と金剛界を意味し、それらが実質的には一体のものであるとする考えを「金胎不二」(きんたいふに)と呼びます。

胎蔵界と金剛界はそれぞれ精神世界と物質世界、という二元論とも言えますが、「金胎不二」の教えが私たちに語りかけているのは、そのような二元論からさらに広いところにあります。

自然と人間、生と死など、あらゆるものには表と裏、または対となる存在があるわけですが、それらを一体として捉えることの重要性を密教は説いていると思います。

あらゆるものを一体で考えること、つまりそれは分け隔てなく物事に接することにもつながることではないでしょうか。

【世界遺産】壇上伽藍と高野山が織りなす壮大な密教世界の仕掛け

根本大塔と西塔の「ねじれ」

先ほど、根本大塔と西塔はそれぞれ中心にいらっしゃるのが胎蔵界と金剛界の大日如来である一方でそれを取り囲む四仏は金剛界と胎蔵界の仏であり、「ねじれ」が生じていることに違和感がある、とお話ししました。

この「ねじれ」の意味を考えてみましょう。

一つには先ほどお話しした「金胎不二」の考えに基づくものと思います。つまり、密教においては胎蔵界・金剛界のいずれにおいても、その中心におられるのは大日如来という絶対中心的な存在であり、それが形を変えてそれぞれの世界に姿を現しているに過ぎません。

ですので、あえて大日如来と対の四仏を置くことで、その一体性を強調しているという狙いがあるものと思われます。

もう一つ考えられることは、「ねじれ」を起こすことで根本大塔・西塔のいずれにおいても「両界曼荼羅」の世界を感じることができるということ。

根本大塔と西塔がそれぞれ胎蔵界と金剛界を表すとなると、どちらかが欠けてしまえば両界曼荼羅は完成しません。これはつまり、一体性が欠けるだけでなく、胎蔵界と金剛界を別々に捉えてしまうことにもなりかねません。

真言密教、そして弘法大師・空海が目指したのはあくまでも両界が一体であるとの教えです。ですので、根本大塔と西塔のそれぞれ単独でも両界曼荼羅の世界が完結することを感じてもらう必要があったわけです。

高野山全体に仕掛けられた密教世界の仕掛けとは?

根本大塔と西塔はそれぞれで両界曼荼羅を表現していることは「ねじれ」で分かりました。

これをさらに広いビジョンで見てみると、先ほどご紹介した通り壇上伽藍においても根本大塔と西塔の配置から、両界曼荼羅の世界を体現したものであることが分かります。

それだけではありません、実は高野山全体も両界曼荼羅の世界を創り上げているのです。

それが分かるのが、先ほど少しお話しした高野山の正規の表参道であった「町石道」です。これは慈尊院から大門を経て根本大塔に至る道と、根本大塔から奥之院へ続く道の二つの領域から成り立っており、その道中には「町石」と呼ばれる石の卒塔婆が一定の間隔で立てられているのが特徴です。

別記事で詳しくご紹介していますが、この卒塔婆というのは大日如来の象徴であり、根本大塔を中心として、慈尊院側を胎蔵界、奥の院側が金剛界の領域となっています。

つまり、慈尊院・根本大塔・奥之院をつなぐ領域が両界曼荼羅の世界を表しているというわけです。

いかがでしょうか。まさか真言密教の教えの象徴である両界曼荼羅が三重にも造られているという、その壮大なスケールに圧倒されます。

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【世界遺産】高野山・壇上伽藍に見る真言密教と弘法大師・空海の思想

いかがでしたでしょうか。

弘法大師・空海が高野山、そして壇上伽藍の創建するに当たって願ったのは真言密教の世界をこの世に創り出すことでした。

ですが、真言密教の世界や壇上伽藍が私たちに示しているのはそれだけではないような気がします。

先ほど、「金胎不二」のお話で二元論を飛び越えて、ありとあらゆるものに分け隔てなく接することをお話ししましたが、これは弘法大師・空海の思想でもあると筆者は考えます。

分け隔てなく接すること、つまりそれは「平等」の精神であり、今風に言えば「ダイバーシティ」でもあると思います。その思想が生み出したのが、世界遺産・高野山のもう一つの聖地でもある奥之院と言えるでしょう。

なぜなら、奥の院には宗派や国、身分を超えたあらゆる人や生き物が丁重に弔われており、日々供養の祈りが捧げられているからです。

皆さんも世界遺産・高野山を旅された際には、本記事でご紹介した見どころを参考に壇上伽藍を心行くまで味わってみてください!

 

(参考:「空海と高野山」中村 本然 青春出版社、「高野山ガイドブック」ウイング出版部 株式会社ウイング、「世界遺産マスターが語る高野山」尾上 恵治 新評論、「高野山」総本山 金剛峯寺)

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