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【海外一人旅徹底ガイド】ギリシャ編⑤:世界遺産・ロドス島の中世都市とロドスタウン観光

海外一人旅徹底ガイド、5回目の今回はいよいよロドス島で一番の見どころ、世界遺産の「ロドス島の中世都市」とロドスタウンの観光情報をご紹介します。
一足踏み入れるとそこはまさに別世界!中世の風情が残る中世都市の見どころと散策情報、グルメ情報を詳しくご紹介します!

世界遺産「ロドス島の中世都市」の概要

ロドスタウンの中世都市は1988年12月にユネスコの世界遺産に登録されました。

地図を見て頂きたいのですが、ロドス島というのはエーゲ海の中でもかなりトルコに近い場所にある島で、昔からトルコとエジプトやイタリアなどを結ぶ海上のルートの要所となる場所でした。

このため、この島の支配を巡って幾度となく戦いが繰り広げられ、古代ギリシャから始まり、ローマ帝国・聖ヨハネ騎士団・オスマン帝国と歴史の中でたびたび島の支配者が移り変わっていきます。

世界遺産に登録され、重厚な城壁に囲まれた中世都市の多くが聖ヨハネ騎士団によって築かれたものになりますが、その後16世紀にオスマン帝国の激しい侵攻を受けて陥落した後、オスマン帝国によって築かれたモスクなども残されています。

このように、聖ヨハネ騎士団以前にこの地を支配していたビザンツ帝国含め、貴重な建築様式が残されているだけでなく、中世時代に地中海に存在していた様々な文化が融合された名残りが残されており、これが他に類を見ない典型例として世界遺産に登録されました。

この世界遺産は「中世都市」と呼ばれているだけあり、広大な敷地をぐるりと取り囲んでいる城壁に一足踏み入れると、そこはまるで中世にタイムスリップしたかのように別世界が広がっています。

基本的に出入りは自由で、中世都市の内部も自由に散策することができますので、旅の日程をしっかり押さえて、日本とは全く違う石造りの建物や街並みをじっくりと楽しみたいところです。

世界遺産「ロドス島の中世都市」を観光する前に知っておきたいこと

ロドス島とギリシャ神話

ギリシャにはギリシャ神話のエピソードに由来する地名が多く残されていますが、ロドス島の成り立ちもギリシャ神話と深いつながりがあります。

太陽神ヘリオスに与えられた島

ギリシャ神話によれば、太古の昔にティタン族との戦いに勝利したゼウスが地上を支配した際、戦いに貢献したオリンポスの神々に地上を分け与えました。

しかし、この配分の時に偶然太陽神のヘリオスは不在にしており、ゼウスもヘリオスに地上を分け与えることを忘れてしまいます。

これに不満を持ったヘリオスは、ゼウスに訴えて「次にこの地に現れた新たな大地は私のものにする」という約束をこぎつけます。

そんな話をしていると、海の底からたちまち島が浮かび上がって来たので、ヘリオスはこれに喜びこの島を自分のものにし、エーゲ海でも愛くるしい島に仕立て上げたと言われています。

この島こそが、ロドス島です。

ニンフのロドス

ロドス島を巡ってはもう一つ、神話のエピソードが残されています。

その昔、太陽神のヘリオスはニンフのロドスという娘に一目惚れし、これを妻に迎えました。

ロドスは海の神ポセイドンの娘です。

やがて、ヘリオスとロドスの間に1人の女の子と7人の男の子が生まれますが、この息子たちのうちの一人、ケルカフォスの3人の子どもをカメイロス、イアリッソス、リンドスといいそれぞれがロドス島の主要な都市になったと言われています。

このことから、ロドス島はニンフのロドスの名前から付いたとも、また、ギリシャ語で「バラ」の意味が由来しているとも言われています。

観光前に知っておきたい中世都市の構図

世界遺産・「ロドス島の中世都市」は、中世時代の城壁によって周囲をぐるりと取り囲まれたエリアになるのですが、周囲を取り囲む城壁はなんと4キロにも及ぶそう。

1日では歩き回れないほど広大というわけでは無いのですが、事前にこのエリアの構図を知っておくと中世都市の中を散策する時により分かりやすく楽しめると思いますので、まずはざっくりとした構図をご紹介しておきます。

こちらは中世都市の入口に掲げられていた城内マップなのですが、場内は大きく北側のCollachium(コラッキウム)と南側のChora(ホラ)というエリアに区分されます。

北側のコラッキウムが騎士団たちのエリアだった場所で、騎士団長の宮殿や考古学博物館など主要な見どころが集まっているのですが、南側のホラと呼ばれているエリアにもモスクや教会などが残されていますので、時間が許す限りどちらも散策して楽しみたいところです。

ちなみに北側のコラッキウムがロドスタウンの中心部に近い方になり、ロドス国際空港からロドスタウンまでバスに乗って移動してきた後、ロドスタウンでバスを降りると中世都市の中にはコラッキウムから入ることになります。

お店やお土産屋さんは、コラッキウムエリアの東西両側と、ホラエリアとの境目にあるSokratous通り、そして海側のIpokratous広場に密集しています。

ですが、レストランはそれ以外、ホラエリアにも分散して数多くあるので散策して穴場のレストランを見つけるのも楽しいと思います。

観光プランの組み立て方

世界遺産「ロドス島の中世都市」はそれを取り囲む城壁が周囲4キロにも及んでいることから、歩いて観光するとそれなりに時間がかかります。

ロドス島の滞在日数にもよりますが、やはりまずはメインの観光スポットが集中しているCollachium(コラッキウム)エリアから散策することをおススメします。

前回の記事でもご紹介しましたが、内部が博物館になっている騎士団長の宮殿と考古学博物館の両方を観る場合、じっくり観ると二つの建物間の移動時間も含めて3時間は見ておきたいところです。

開館時間は季節や曜日によって異なるようですので、こちらの公式ページで事前に確認しておきましょう。午前8時から20時まで開いているようですが、エリアによっては夕方までのところもあるようなので、17時までに観て回るという認識で良いかと思います。

これを踏まえると、朝から中世都市を観光するとランチ、ディナーの時間を考えてもコラッキウムエリアは1日で一通り散策することが可能かと思います。

建築好きな方は南側のホラエリアにも貴重な建築(跡)が残されているため、1日目はコラッキウム、2日目はホラというイメージで観光すると良いかと思います。

さらに中世都市の外側の城壁や濠も楽しみたいという方は3、日目に半日程度時間を取って海側から中世都市の城壁を巡ってみたり、濠の中を散策してみると一通り世界遺産を満喫できるのではないでしょうか。

エリア内の周り方

世界遺産のエリア内はそれなりに広く、自由に散策することが可能なので気の向くままに中世都市の雰囲気と情緒を味わっていただければと思います。

効率よく周るルートとしては、ロドスタウンの中心部やバスの発着場所がCollachium(コラッキウム)エリア側にあるため、コラッキウムエリアに海側、考古学博物館のある方から入るか、もしくは騎士団長の宮殿がある西側から入り、騎士団通りとSokratous通りを使ってぐるっと一周するイメージで周ると良いかと思います。

筆者は海側ではなく、西側のアンボワーズ門から入り、

騎士団長の宮殿→騎士団通り→考古学博物館→Sokratous通りという順にぐるっと周りました。

お土産とレストラン

先ほど少しご紹介しましたが、中世都市の中にはお土産屋さんやレストランが集中しているエリアがいくつかあります。

レストラン(カフェやジェラート屋さん含む)もお土産屋さんも、メインの通りだけでなく少し外れた細い路地裏などにも軒を連ねていますので、お土産に関しては一通りエリア内を散策しつつ気になるお店をチェックしておき、最後にお土産を買うという流れで良いかと思います。

レストランについては事前にガイドブックなどで下調べをしたお店に行くも良し、散策している中で気になったお店があればふらっと入ってみるのも楽しいと思います。

特にレストランは密集しているエリアだと、声掛けも頻繁に行われているため、断りながら歩くのが少し億劫(おっくう)に感じるかもしれません。

声掛けのたびに足を止めてメニューを見ていると断りにくくなってしまうので、入る気が無い場合や目的のお店が決まっている場合は声を掛けられても気にせずスルーしましょう。

世界遺産「ロドス島の中世都市」の見どころ・観光

世界遺産エリアの外側

それでは世界遺産「ロドス島の中世都市」を観光していきましょう!

早速世界遺産エリアの中に入りたいところではありますが、外側に残っている門や城壁も周りの景色と相まってとても魅力的ですのでそちらもご紹介していきたいと思います。

上の写真は騎士団長の宮殿近くのアンボワーズ門手前にある門になります。交差点と車道にうまく溶け込んでますね。

こちらは海側から城壁を眺めたものです。城壁は海岸のすぐそこに築かれていて、車道を渡った先にはすぐ海や砂浜が広がっています。

海側から眺めてみると、本当に城壁が内部の旧市街地(Old Town)を守るように周囲に張り巡らされていて、外敵からの侵攻を防ぐための堅固な守りのために要塞が造られたことがよく分かります。

世界遺産エリア内と外側の間にはこのような濠が巡らされています。こちらの濠も下に下りて歩くことが可能ですので、時間があれば散策したいところです。

濠から眺める城壁もまた違った印象を受けます。

Turkish School(トルコ式の学校)

Collachium(コラッキウム)エリアの騎士団長の宮殿の隣にあるのが、こちらのトルコ式の学校の建物です。

もともとは教会が建てられていたようですが、オスマン帝国による支配によってモスクに変容され、その後破壊された後に建てられたものです。

Palace of the Grand Masters(騎士団長の宮殿)

騎士団長の宮殿(右側)

IPOTON通りを下る手前にあるのが、中世都市でも一番の見どころである騎士団長の宮殿になります。

外観からしてもおそらく中世都市で一番大きく迫力のある建物ではないでしょうか。その大きさは幅と奥行きが80×75メートルにもなります。

前回の記事でご紹介しましたが、こちらの建物は内部が博物館になっており、この後ご紹介する考古学博物館とセットになった入場チケットを10ユーロで購入することが可能です。

開館時間は8時から20時。ただし、曜日やエリアによってオープンしている時間が異なるようですので、注意してください。

騎士団長の宮殿の中庭

騎士団長の宮殿はおおよそ40×50メートルにも中庭を取り囲むように建物が建てられています。建物の地上階部分が貯蔵庫、2階部分が騎士たちの住居となっていました。

この宮殿を含む中世都市を築いたのは14世紀頃からロドス島を支配していた聖ヨハネ騎士団ですが、この建物は1522年に外敵(オスマン帝国)に包囲され侵攻された際にはほとんど損傷がなかったと言われており、とても頑丈な造りになっています。

残念ながら現在の建物は1865年に破壊された後、1940年にイタリア人たちによって再建されたものです。

宮殿の1階部分は主にロドス島の歴史や出土品を展示しているエリアになります。

ロドス島の歴史もギリシャ本土と同様、紀元前15世紀頃のミケーネ文明が関わっているようで、とても古くからこの島にも文明が存在していたようです。

入口隣にあるこちらの階段は2階部分の展示エリアへと続いています。2階部分の展示エリアは主に当時のインテリアやタイル絵などがメインとなります。

床に描かれたタイル絵は動物の他、植物や幾何学的な紋様などモチーフは様々です。

ロドス島はリンドスなど、家の玄関口に石を敷き詰めて模様を作ったタイルマットのようなものを良く見かけますが、このタイル絵と何だか起源が似ているような気がします。

中世時代のインテリアでしょうか。雰囲気があります。

The Street of the Knights(騎士団通り)

騎士団通り

騎士団長の宮殿の手前から、海側(東側)へ少し下る細い坂道があります。

これが騎士団通りと呼ばれる、中世時代当時の建物が残された通りになっています。まさに映画やアニメの世界を切り出したような、とても雰囲気のある通りです。

当時この中世都市を統治していた聖ヨハネ騎士団というのは、いろいろな国の出身者で構成されていました。

もちろん国が違えば言葉も違うわけで、このため騎士団は話す母国語によって7つの軍団に編成されていました。

騎士団通りの両側にはイギリスやフランスなど、それぞれの軍団のゴシック様式の建物が建てられていたのです。

フランス軍団の建物

こちらは聖母マリアの彫刻が掲げられたフランス軍団の建物です。

壁にはエンブレムも掲げられており、まさにヨーロッパの中世のイメージそのものですよね。

ロドス島考古学博物館(騎士団の病院)

騎士団通りを下った先にあるのが考古学博物館です。こちらの建物はもともとは巡礼者や十字軍の騎士たちを治療する病院だった場所で、騎士団長の宮殿と共にこの中世都市で最も重要な機能を担っていた場所と言えるでしょう。

この考古学博物館には主に彫刻とタイル画、その他陶器等が展示されていますが、その中でも特に有名な展示物が以下になります。(22年4月に訪れた際には「撮影禁止」と係員から口頭注意を受けたため、写真を掲載していません。展示物の写真を見たい方はこちらのページをご参照ください。)

カメイロスから発掘された2体のKouroi(男性の彫刻像)

Kouroiというのは、男性の姿を象った(かたどった)彫刻像になるのですが、ロドス島の北西岸にある古代都市の遺跡であるカメイロスからは紀元前6世紀頃の同時期に造られたと思われる2体のKouroiが発掘され、この考古学博物館に展示されています。

ヘリオス神の顔と頭部の彫刻

ヘリオス神というのはロドス島において古代から信仰されていた太陽神になります。

この太陽神の姿(頭部)を象った石像の彫刻は紀元前2世紀頃のものと考えられており、先ほどご紹介した騎士団通りにあるプロヴァンス軍の館付近から発掘されました。この場所と言うのは古代においてヘリオス神を祀る神殿があったとされている場所です。

ロドスのアフロディテ像

ガイドブックにも掲載されている一番の見どころが、「ロドスのアフロディテ像」と呼ばれている美しいアフロディテの彫刻像です。

片膝を着き、髪の毛を触りながら体を半分ひねっている姿はなんとも言えない妖艶さを醸し出しています。

その他の見どころ

Ipokratous広場

トルコ式の噴水が目印のIpokratous広場

Collachium(コラッキウム)エリアとChora(ホラ)エリアの境、海側から入ってすぐの場所にあるのがこちらのIpokratous広場です。

トルコ式の噴水を中心としてお店が立ち並んでいて、世界遺産エリアの中では一番人が集中する場所になります。

写真には写っていませんが、この広場の一角には外付けされた階段があるCastellaniaと呼ばれる騎士団にとって重要だった建物があり、多くの観光客が階段に座って思い思いの時を過ごしています。

Sokratous通り

通り沿いにお土産屋が並ぶ

先ほどご紹介したIpokratous広場と、西側にあるスレイマンモスクを結ぶのがこちらのSokratous通りになります。写真の通り道の両側にはお土産屋さんがずらりと立ち並ぶ賑やかな通りになっています。

Suleiman Mosque(スレイマンモスク)

スレイマン モスク

Sokratous通りを西側に進んでいくと、ひと際異彩を放つ建物が目に飛び込んできます。

こちらはスレイマンモスク。その名の通り、オスマン帝国がロドス島を支配した後に建てられたイスラム教のモスクです。

ロドス島における聖ヨハネ騎士団との戦いに勝利したオスマン帝国のスレイマン1世の名前にちなんで、この地での勝利を記念して建てられたものになりますが、今ある建物は当初の建物があった場所に1808年に再建されたものになります。

世界遺産「ロドス島の中世都市」エリアのレストラン

最初にご紹介した通り、世界遺産「ロドス島の中世都市」のエリア内にはたくさんのレストランがあり、食事に困ることはないでしょう。

どのお店が美味しいかは、ガイドブックや泊まったホテルのスタッフに聞くなどしてみるのも良いですが、せっかくの旅ですので気ままに散策して気になったお店があれば飛び込んでみる、というのも楽しいと思います。

レストランはやはりCollachium(コラッキウム)エリアに集中している印象がありますが、筆者のおススメはChora(ホラ)エリア。

というのも、少し中心地から外れているため落ち着いて食事を取ることができるのと、コラッキウムエリアはどちらかというと観光客向けのイメージがあるのですが、ホラエリアは観光客もまばらな分、オシャレな雰囲気のお店が多いためです。

家族経営でこじんまりした雰囲気がおススメの「at Thomas Restaurant」

料理も絶品のAt Thomas Restaurant

筆者のおススメは、ホラエリアにある家族経営のレストラン「At Thomas Restaurant」です。

こちらはこじんまりしたレストランで、外のテラス席は2~3テーブルほど、店内のテーブル席も4~5テーブルほどしかなかったかと思いますが、料理は家庭料理のような雰囲気でとても美味しい!

少し中心エリアからは歩きますが、観光客も多い世界遺産内を歩き疲れて、少し落ち着きたい方にはぴったりの場所です。

ロドスタウンの見どころ

世界の七不思議「ロドス島の巨像」

最後にロドスタウンの見どころを少しご紹介します。

やはりガイドブックなどで多く写真が載っているのは海沿いに建てられた鹿のモニュメント像でしょう。

この像はロドスタウンの港の北の方にあるのですが、少し海を挟んだ向こう側にも同じような鹿の像が建てられています。

2体の鹿の像ですが、よく見ると一体は角が無いのでメス鹿、もう一体は角があるのでオスの鹿で雌雄一対の鹿の像となっています。

実はこの2体の鹿の像が立っていた場所に、かつて「ロドスの巨像」と呼ばれる巨大なヘリオス神の像が建てられていた、という「伝説」があるのをご存じでしょうか。

伝説によれば、この2体の鹿の像がヘリオス神の両足が立っていたとされており、ロドスタウンの港に入ってくる船はみなこの巨大なヘリオス神の像の股の下を通って入港していたというのです。

「伝説」と言ってもまるっきり空想のおとぎ話というわけでは無く、そのような巨像が存在していた可能性は十分にあります。

歴史的に見ると、紀元前305年にロドス島はデメトリオスという敵軍の将が率いる軍勢に攻め入られたものの、見事にこれを撃退しました。そしてこの戦いの勝利の記念として、リンドスに住んでいたカレスに太陽神ヘリオスの彫刻像の設計を依頼し、彼は紀元前304年から12年の歳月を経て、紀元前292年に巨大なヘリオス神の巨像を作ったとされています。

出来上がった巨像は高さが31メートルにも及ぶものと考えられていますが、このような歴史上の出来事との紐づけがある一方で建築技術上、そして芸術上この巨像が存在したことを示す証拠は何一つ残されていません。

一説には紀元前266年にロドス島を襲った巨大地震によりこの巨像は崩落してしまい、その後この地震を何らかの祟りとして恐れたロドス島の人々は巨像の再建に手を付けなかったそうです。

そして紀元後653年、この地を訪れたユダヤ人の商人にこの巨像の破片を全て譲ったところ、それを全て運び出すのに900頭のラクダを要したのだとか。

どこまでが本当の話かは分かりません。いつか「伝説」の謎が解き明かされる時が来るのでしょうか。

ちなみに、ロドス島では観光促進のためにこの伝説の巨像を再建する計画が何度も持ち上がったそうですが、そのたびに予算不足で断念したそうです。

 

いかがでしたでしょうか。世界遺産「ロドス島の中世都市」を旅する時の参考になれば幸いです。

次回はロドス島南西部の街、リンドスの観光情報をご紹介します!

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