京都の世界遺産の1つにも数えられている天龍寺。
世界遺産に登録され、夢窓疎石の庭として知られる曹源池庭園が有名ですが、その名前にも入っている通り「龍」が棲んでいることはご存知でしょうか。
今回は天龍寺に棲む「龍」、法堂(はっとう)の雲龍図の見どころを徹底解説します!
これを読めばその迫力満点の「龍」の秘密がすべて分かります!
1.天龍寺に「龍」が住む理由とは?歴史を探る
天龍寺の創建
天龍寺が創建されたのは室町時代の初期、1339年のことです。
室町幕府を開いた足利尊氏が、後醍醐天皇の菩提を弔うために創建したことが始まりと言われています。
日本史に詳しい方なら、ここで少し違和感を感じるかもしれません。というのも、後醍醐天皇と言えば、鎌倉時代から室町時代に移る間の南北朝時代に「北朝」と「南朝」に天皇と武家が分かれ、南朝側の筆頭として実権を握っていた人物で、足利尊氏は北朝側の武士だからです。
言ってみれば後醍醐天皇は足利尊氏にとっては敵対する存在でした。そのような人物の菩提を弔うことになったのは、天龍寺の初代住職を務めた夢窓疎石の進言によるものと言われています。
いずれにしても、日本史に名を残す足利尊氏、後醍醐天皇と夢窓疎石にゆかりのある由緒正しい寺院として天龍寺は誕生しました。
天龍寺に降りかかる災難の数々
さて、そんな由緒ある天龍寺ですが、その後は幾度となく試練が待ち受けていました。
今日に至るまで、なんと天龍寺は8度もの大火に見舞われており、その度に負けることなく再建がなされてきたのです。
日本の歴史上、京都であれば応仁の乱など大きな戦火に寺院が巻き込まれることは珍しくありません。また、木造建築であるがゆえに火災や落雷といった自然災害で伽藍が焼失してしまうことも多々ありました。
ですが、さすがに8度もの大火に見舞われた天龍寺は何かが憑りついているとしか思えません。
そしてこの度重なる災害が、天龍寺の「龍」、雲龍図を生み出すきっかけになりました。
2.天龍寺に「龍」が棲みついた!雲龍図の誕生
天龍寺に「龍」が棲みついたのは、明治時代後期、1900年に法堂(はっとう)が再建された後になります。もともと建てられていた法堂は、1864年に起こった蛤御門の変(はまぐりごもんのへん)の兵火により焼失しており、唯一焼け残ったとされる江戸時代後期に建立された「雲居庵禅堂(選佛場)」(うんごあんぜんどう(せんぶつじょう))が移築され、法堂となったのです。
法堂に「選佛場」という札が掲げられているのはこの名残りによるもので、この場所で多くの修行僧たちが修行を積んできた場所でもあります。
そんな法堂に雲龍図を描いたのは、鈴木松年という明治時代の画家でした。それ以来、天龍寺の「龍」は天井から多くの僧の修行を見守りながら、この天龍寺を守護する存在となっています。
ちなみに、現在の法堂に描かれている「龍」は1997年に加山又造という画家によって描かれたものです。
鈴木松年が描いた雲龍図は、和紙に描いたものをそのまま天井に貼り付けただけという、とてもシンプルなものでした。そのため、経年劣化や傷みが激しく、間もなく100年を迎えるといった時に、天龍寺開山の祖である夢窓疎石650年遠忌に向けた法堂改修の話が挙がり、そのタイミングで雲龍図も生まれ変わりました。
それではなぜ、法堂に描くことになったのでしょうか。
3.天龍寺の雲龍図、「龍」と仏教の関係
天龍寺は臨済宗という禅宗のお寺になりますが、仏教と龍には関わりがあります。
仏教において、古代インドの神々は仏教に帰依し、結びつくことで釈迦如来の守護神としての存在となりました。同じように釈迦如来を守護する存在として、「八部衆」という存在がありますが、これは「8つの異なる種族」という意味です。
有名なところで言えば阿修羅が挙げられますが、そのほかにも夜叉や迦楼羅(カルラ)などが八部衆に入っており、龍もその1つに数えられています。
もともと凶暴で人に害を与える存在であった龍は、仏縁によりその行いを悔い改めて仏教に帰依することで、仏教を守る護法神という存在に昇華されます。
このため、お寺などで描かれている龍はその寺を守る守護神としての存在になるわけです。
さらに、中国では古くから、龍は淵に棲み、雲を集めて雨を降らせ、さらには荒れる海を鎮める力を持つ水を司る存在として考えられてきました。このことから、火災から護ってくれる存在としても考えられるようになったのです。
先ほど、天龍寺はたびたび大火の憂き目にあってきたという話をしましたが、まさに火が大敵の天龍寺にとって、龍はその敵から護ってくれる存在としてぴったりでした。
これに限らず、その名前にも「龍」が含まれていることから、天龍寺にとって龍はこれ以上ない、縁起の良い存在と言えるでしょう。
4.天龍寺に棲む「龍」、雲龍図の見どころ
さて、それではいよいよ天龍寺に棲む「龍」、雲龍図の見どころをご紹介しましょう。なお、今回は現在の法堂に描かれている加山又造氏の雲龍図をご紹介します。
①龍の周りに描かれている「円」、円相と龍
まず最初に知っておきたいのが、雲龍図の構図になります。実際に観て頂くと分かりますが、天龍寺の法堂の四角い天井に描かれた雲龍図は大きな円の中に龍が睨みを効かせてこちらを見ている構図になっています。
この大きな円にももちろん意味があります。
これは、「円相」と呼ばれるもので、禅宗においては言わば悟りの心を表す結界を意味しています。臨済宗であり夢窓疎石のお寺である天龍寺は禅宗に属するお寺ですので、円相は当然に天龍寺の流派とも深い関係があります。
その円相の中に龍を棲まわすことで、心の奥底にいる魔物から護ってくれることを表していると考えられています。
また、実はこの円相は初代の鈴木松年氏が描いた雲龍図には描かれていませんでした。鈴木松年氏の描いた龍は、円相が無い天井で自由に動き回っていたのです。
ですが、これまで多くの災いを経験してきた天龍寺にとってはやはり一番の心配事は今後もいつ厄災が起こってしまうか、ということでしょう。そして、自由に龍が動き回っていてはいざという時に龍がお寺を守ってくれないのではないか-。そんな不安があったのかもしれません。
先ほどご紹介した円相と合わせて、円の中に龍を描くことで確実に厄災を払ってくれることを期待する気持ちが込められているように思いませんか。
それでも、加山又造氏の描いた龍は円相の中にいることを全く気にしていないかのように、とても生き生きとして今にも動き出しそうな生命力を感じさせます。
②龍の目のヒミツ:「八方睨み」
天龍寺に棲む「龍」、雲龍図の一番の見どころは何と言っても、その迫力のある龍がこちらをずっと睨みつけるように見つめていることでしょう。
不思議なもので、法堂の中のどの場所にいても、天井を見上げると常に龍の目はこちらを向いて睨んでいるように感じます。これを「八方睨み」と言いますが、どの場所から見ても、いつも龍に見つめられているということは、逆に言えば龍は常に自分に睨みを効かせて見ている、と感じませんか。
常に自分だけを見ている、と感じることで、龍がまるで自分の心の中を覗いてそこにやましさであったり不徳な心が無いかをチェックしているような感覚に襲われます。
それは、「自分の心の中を見つめ直してみなさい」という戒めの気持ちを私たちに問いかけているのかもしれません。
③龍の顔のヒミツ
雲龍図が描かれている天龍寺の法堂を入って頂くと、少し薄暗く感じるかもしれません。そもそも天井に描かれた雲龍図も、どちらかと言えば暗めのトーンの色合いで描かれているため、なおさらそのように感じてしまうのですが、ここにもヒミツがあります。
顔を上げて天井の龍を観てみると、真っ先に目が行くのはやはりその顔面ではないでしょうか。円相の中央付近に描かれているから、ということもありますが、実は雲龍図で一番明るく描かれているのが龍の顔面なのです。
そして、周りを暗くすることでよりコントラストがはっきりして、まるで龍の顔面が浮かび上がっているかのように見えてきます。今にも天井から龍が飛び出てきそうな錯覚。
これによって龍の迫力が増すだけではなく、その躍動感であったり生命力も見事に表現されているのです。
④龍の爪のヒミツ
鋭い爪を立ててこちらを睨みつけている天龍寺の雲龍図。この爪にも隠されたヒミツがあります。
先ほどの龍の顔面と同じように、四肢の先に描かれた爪も明るめのトーンで描かれていることに注目してみてください。こうすることで顔面同様、爪が本当に立って浮かび上がっているかのように感じるとともに、鋭さを増すかのように光沢で光を放っているようにも見えるのです。
また、その爪の数にも意味があり、「5本」という爪を持つ「五爪の龍」は、皇帝にのみ許された存在であると考えられてきました。そのような「五爪の龍」をこの天龍寺に描いたのは、その由緒ある名前に誇りを持っていることを表しているのか、また寺が生まれるきっかけとなった後醍醐天皇への敬礼の念が込められているのでしょうか。
⑤雲のヒミツ
「雲龍図」と言う名前の通り、天龍寺に描かれた「龍」はその姿だけでなく、龍を浮かび上がらせている雲の存在も重要です。
先ほどご紹介した通り、雲を呼び雨を降らせる存在である龍にとって、雲を周りに従えている姿は当然と言えるでしょう。
そして、その雲も本物の雲のように輪郭をぼかし、色の濃淡をつけることで立体感や浮遊感を演出しているように感じます。
5.天龍寺に棲む「龍」、雲龍図を観るには
いかがでしたでしょうか。迫力、見どころともに満点の天龍寺の雲龍図。ぜひその目で堪能してみてください!
毎日公開されているわけではありませんが、下記の通り比較的公開日は多いので予定も調整しやすいかと思います。
天龍寺に行かれる予定のある方は、必ず事前に公式ホームページにて法堂の開館日かどうかを確認されることをおススメします。基本的には下記の通り、参拝客が多い週末と祝日は公開されています。
ご参考までに、2021年は下記の夏・秋の特別参拝以外も2021年3月6日(土) から7月11日(日)まで、特別参拝期間として毎日公開されているようです。
公開日が比較的多いので、雲龍図を見るチャンスも多くあるはずです。ぜひ一度ご自身の目で体感してください!
【公開日と時間、料金について】
公開日 | ・土曜、日曜日、祝日 ・夏、秋の特別参拝期間中の毎日 |
公開時間 | 9時から16時30分 |
料金 | 500円 |
公式ページでの公開情報 | http://www.tenryuji.com/unryuzu/index.html |
(参考「天龍寿雲龍図仏録」)