【世界遺産】スヴェティツホヴェリ大聖堂(ジョージア)を100倍楽しむためのマメ知識(実践編)

ジョージアの首都、トビリシからバスで30分ほどの場所にある世界遺産の街、ムツヘタ。

世界遺産に登録されているスヴェティツホヴェリ大聖堂は、ムツヘタのみならず、ジョージアにとっても最も重要な教会と言っても過言ではありません。

今回は、そんなスヴェティツホヴェリ大聖堂を訪れた際に、観るべきポイントをご紹介します!

 

スヴェティツホヴェリ大聖堂の概要と、簡単な背景については、下記の記事をご参照ください!

【世界遺産】スヴェティツホヴェリ大聖堂(ジョージア)を100倍楽しむためのマメ知識4選(準備編)

 

1.建物外部

準備編でもお話しした通り、スヴェティツホヴェリ大聖堂は四方の外壁も見どころがたくさん!

まずは、それぞれの外壁を観ていきましょう。

西側(大聖堂入口)

まずは、入口のある西側の外壁を観てみましょう。

最も高い場所にある、教会のドーム型の屋根が一番奥になり、そこから手前の入口の屋根まで、3つの屋根が連なっています。

西側の外壁には、四方の外壁の中で最も多くの彫刻が、ほぼ当時のままの状態で残されています。

ブドウの木

写真の左側に、ブドウの木の彫刻があるのがお判りでしょうか。

中央の窓の両側に、ブドウの木が彫られています。

ブドウは、ジョージアの装飾においてよく見られる植物です。

ジョージアがワイン発祥の国であるように、大昔からジョージアの人々の暮らしとブドウは、密接な関係でした。

このため、ブドウに対する信仰が深く、教会の装飾の題材として、ブドウの木が良く使われるようになったと言われています。

キリストと天使

ブドウが描かれている壁面の上部には、椅子に座るキリストと、その両側に2人の天使が描かれています。

キリストは左手に福音の書を持ち、2人の天使はそれぞれ、パンとワインを持っています。

キリスト教において、「パンとワイン」は、「キリストの肉と血」を意味するものです。

赤く染まった十字架

西側の外壁の、向かって右側には、写真のような赤茶色の十字架があります。

こちらは11世紀当時に造られた十字架の装飾です。

4方面の外壁には、それぞれこのように赤みがかった装飾が1つずつ残されており、それぞれのデザインも異なっています。

南側

続いて、南側の外壁を観てみましょう。

こちらの外壁には多くのアーチ形の枠が造られ、その中に窓が設けられています。

南側の外壁にも、写真左側に見られるように、ブドウの木の装飾がされていますね。

もう少しよく観ると、ブドウの木の下にはいくつかの装飾が描かれていることが分かります。

ドラゴン、鳩、6つの翼の天使

2本のブドウの木にの間に、3つの装飾がありますが、向かって左側が、ドラゴンを槍のようなもので突き刺している絵、向かって右側が、1つの容器から2匹の鳩が何か餌を食べている絵となっています。

ドラゴンの絵は、キリストによる救済を表しており、鳩の絵は、キリスト教の永続の証です。

写真右側の中央にも、2枚の装飾板が見てとれます。

こちら、向かって左側が6枚の翼を持った天使、右側が十字架に磔になったキリストが描かれており、こちらもキリスト教の永遠の証を表しています。

中央の3つの窓

続いて、中央の一番大きなアーチ形の部分を観てみましょう。

こちらのアーチの中には、3つの窓が設けられており、窓の周りには細かな紋様が施されています。

よく観てみると、この紋様、3つともすべて違うデザインになっているんです。

このうち、右下の窓の文様は「卍」のデザインとなっているのがお判りでしょうか。

この「卍」は、ジョージアに限らず古くから用いられてきたデザインであり、「永遠の炎」もしくは「永遠の太陽」を表しています。

東側

続いて東側を観てみましょう。

4方面の外壁の中で、東側だけが左右対称のデザインになっています。

ジョージアの建築では、通常は左右非対称となっていることが一般的です。

この点、スヴェティツホヴェリ大聖堂は左右非対称としながらも、東側だけ左右対称にすることで、両者の調和をうまく演出したデザインになっていることが特徴です。

中央のアーチに描かれたシンボル

中央のアーチを観てみます。

窓のすぐ下に、3人の顔が描かれていますが、こちらは左から、聖母マリア、キリスト、ジョンという洗礼施行者です。

その隣には、牛の頭の装飾がありますが、牛は神聖な動物とされ、特に農業の象徴でした。

その上の窓の両脇に2人の天使が描かれていますが、こちらが意味するものは明確になっていません。

さらに上方を観てみましょう。

中央に描かれた円形の装飾の根元に、2房のブドウの実が付いています。

このブドウの房は、豊穣の象徴ですね。

そして、上の円形からさらに上方に向かい、半円形に放出された光のような装飾。

こちらはキリストの12使徒を表しています。このスヴェティツホヴェリ大聖堂が12使徒に代わって建てられたことを意味します。

さらにその上、3つの小窓の左側には鷲とライオンが描かれていますが、こちらも意味するものは明らかではありません。

北側

最後に、北側の外壁を観てみましょう。

こちらは、4つの外壁の中で最も装飾が少なく、簡素になっています。

2つの十字架

北側の外壁には、よく見るといくつかの小さな十字架の装飾がなされており、中央のアーチの真ん中の窓の両端にも、小さな十字架が刻まれています。

これはジョージアの他の教会でも同じ特徴が見られ、教会建築の象徴と考えられています。

右手と直角定規

中央のアーチのすぐ下には、右手と直角定規の装飾が。

これは、このスヴェティツホヴェリ大聖堂の建築を任された、Arsukis-dzeの右手と言われています。

中央窓の装飾

最後に、中央窓の枠を飾っている紋様は、「Georgian interwine」と呼ばれる、女性の編み物を模した模様になっています。

教会を囲む壁

スヴェティツホヴェリ大聖堂は、その周りをぐるりと城壁のような壁が取り囲んでいます。

これはもちろん、防御のために建てられた壁で、もともとは11世紀に建てられました。

が、その後の度重なる外敵からの侵攻で破壊され、現在残っている壁は18世紀にエレクレ(Erekle)2世の指示で建てられたものです。

ちなみに、後ほどご紹介しますが、エレクレ2世の墓は教会内に残されています。

鐘塔

写真右側に写っているのが、鐘塔

敷地内に入る入口の左手に、写真のような鐘塔が残されています。

これは17世紀に建てられたもので、教会の建物自体に比べるとかなり後になって建てられたものです。

今の姿の教会が建てられた11世紀には、鐘塔はジョージアの建築様式には見られませんでした。

2.建物内部

西側入口

それでは中に入ってみましょう。

入口上部に描かれているのは、中央に赤ん坊を抱いた聖母マリアと、その両隣に大天使のミカエルとガブリエルが描かれています。

ミカエルは天使の長、ガブリエルは、レオナルドダヴィンチの「受胎告知」の絵でも有名な、聖母マリアにキリストの受胎を告知した天使です。

洗礼台

入口を入ってすぐ右側にあるのが、洗礼に使われていた石の器です。

これは4世紀のものと言われ、キリスト教国を宣言したミリアン王とその妻、ナナ妃も洗礼を受けたと言われています。

ミリアン王とナナ妃が洗礼を受けられた当時は、金箔がなされていたそうです。

フレスコ画の保存状態

スヴェティツホヴェリ大聖堂内にもともと描かれていた多くのフレスコ画は、19世紀に入りジョージアがロシアの支配下になると、”復元”という名のもと、白い石灰が何層にも上塗りをされてしまいます。

その後、この石灰を剥がして復元する作業が行われましたが、残念ながらその作業の過程で、多くのフレスコ画が滅んでしまいました。

キリストのフレスコ画

入口から最も奥に造られた祭壇の壁に描かれた、キリストのフレスコ画は19世紀に復元されたものです。

キリストの上には天使が描かれ、両隣には大天使のミカエルとガブリエルが、その下には聖母マリア、12使徒が描かれています。

北側のアーチに描かれたフレスコ画

キリストのフレスコ画に向かって、左側にあるのがこちらのフレスコ画です。

このアーチ形の中には、動物の顔を持ち、3世紀にキリスト教に殉教した聖クリストファーが描かれており、写真左側の柱にはキリストの伝記の主要な場面(エルサレムで説法を行うキリスト、病を治癒するキリストなど)が描かれています。

キリストの外衣が埋められている塔

中央の南側に建つこの塔の下には、キリストの外衣が埋められていると言われています。

詳細は、下記の記事をご参照ください。

【世界遺産】スヴェティツホヴェリ大聖堂(ジョージア)を100倍楽しむためのマメ知識4選(準備編)

キリストと暦

中央南側の壁には、写真のような円形の図が描かれています。

これは暦を表しており、周りには12星座が描かれているのがお判り頂けるかと思います。

17世紀に描かれたとされる、こちらの暦の図はジョージアでも非常に珍しく、このような暦が描かれているのはここ、スヴェティツホヴェリ大聖堂だけです。

教会内に残された王たちの墓

スヴェティツホヴェリ大聖堂は、代々の王が埋葬される場所とご紹介した通り、これまで10以上の王たちが埋葬されてきました。

しかし、現在教会内に残されている墓石はたったの3つだけ。

Vakhtang Gorgasali(5世紀)、Erekle2世(18世紀)とGiorgi12世(19世紀)です。

Vakhtang Gorgasali(5世紀)は、スヴェティツホヴェリ大聖堂を独立へと導いた王、Erekle2世(18世紀)は、当時の東グルジアにおいて、トビリシを首都とするグルジア王国を築いた王です。

一方、Giorgi12世(19世紀)は、Erekle2世(18世紀)の後の王となりましたが、無条件でグルジア王国をロシアの傘下に組み入れようとし、たった2年の在位で病に倒れてしまいました。

 

いかがでしたでしょうか。

建物の外、中それぞれに見どころが多くあるスヴェティツホヴェリ大聖堂。ぜひ、実際に訪れてその目でお確かめください!

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