【世界遺産】古都奈良の文化財を楽しむために知っておきたいマメ知識(前編5選)

日本の世界遺産の中でも、京都と並んで構成遺産の数が多い、「古都奈良の文化財」。

東大寺や春日大社など、個別の構成遺産の素晴らしさは別の記事で1つずつご紹介するとして、今回はこれらをまとめて1つの世界遺産としている背景についてお話します。

これを読めば、奈良の世界遺産をより深く味わうことができるようになります!

 

1.世界遺産の概要

東大寺大仏殿

「古都奈良の文化財」として世界遺産に登録されている、奈良県の世界遺産。

この名称は、同じく世界遺産に登録されている「姫路城」のように、特定の遺産を示しているのではなく、いくつかの遺産をまとめた呼び名となっています。

具体的には、以下の8つの遺産で構成されています。
・東大寺
・薬師寺
・唐招提寺
・興福寺
・元興寺
・平城宮跡
・春日大社
・春日大社原生林

簡単に言ってしまうと、この8つの遺産が1つのグループとして登録されているわけですから、そこにはいくつかの共通点があるということになります。

今回は、この8つの遺産の中で、平城宮跡・春日大社・春日大社原生林を除いた5つの寺社を中心に、この世界遺産を楽しむうえで知っておきたい事項をいくつかお話ししたいと思います。

2.世界遺産の舞台は奈良時代

まず1つ目の共通点として、この8つの構成遺産は、奈良時代を代表する寺社仏閣であることです。

奈良時代とは、710年に奈良の平城京に都が置かれてから、京都の長岡京もしくは平安京に遷都されるまでの70~80年余りを指します。

地図を見ていただければよく分かりますが、これら8つの構成遺産の場所はすべて奈良市内にあり、密集していることが分かります。

なぜこれほど密集しているのか、そこには2つの理由が隠されています。

順を追ってお話ししましょう。

3.8つの構成遺産の考え方

1つ目の理由をお話しする前に、8つの構成遺産を並列に見るのではなく、これらをさらに以下のようにグルーピングすると、より全体像が明確になります。

①平城宮跡
②薬師寺、興福寺、元興寺
③東大寺、唐招提寺、春日大社、春日大社原生林

奈良時代、都として栄えた平城京。当時の政治、文化、すべての中心がこの平城京にありました。

そう考えると、都そのものの遺産である平城宮跡が、8つの構成資産の土台となります。
(ちなみに、平城宮跡、といっても現在その場所はだだっ広い野原になっていて、2017年5月現在、当時の面影を復旧した朱雀門と大極殿のみ再現されています。)

次に、この平城京の都営が行われた当初から建立が決まっていたのが、上記の②薬師寺、興福寺、元興寺になります。

なぜ決まっていたかというと、これらのお寺は平城京遷都前にすでに造られていたお寺を、遷都に合わせて平城京に移管して建てたお寺だからです。

そして、残る③東大寺、唐招提寺、春日大社は平城京遷都後に建立された寺社ということになります。(春日大社原生林は自然のため、除外)

このようにグルーピングすると分かりやすくなりますよね。

4.8つの構成遺産は平城京内に存在

さて、本題に戻りましょう。

平城京遷都前から建立されていたか、遷都後に建てられたかという違いはあるものの、これらの寺社はすべて、平城京内に存在しているという共通点があります。

平城京概略図

上図のように、平城京は、天皇が公務や儀式を執り行っていた大極殿を中心に、右京と左京に区分することができますが、世界遺産となっている寺社はそのどちらにも点在しています。

東大寺と春日大社については、上図では外京に位置していますが、これらは平城京遷都後に建立された寺社であり、東大寺は西の西大寺と対になる存在であることから、平城京の一部として捉えています。

それではなぜ、このように平城京内に世界遺産を含めた多くの寺社が造られたのでしょうか。

5.護国宗教としての仏教が中心だった奈良時代

薬師寺:食堂

中国から日本に伝えられた仏教。

この仏教が日本で確固たる地盤を持ち、広がることになったのが奈良時代でした。

なぜこの時代に仏教が日本で広がり、根を張ることになったのか。

それは、簡単に言ってしまえば、当時の権力者、天皇が仏教の力で国の安泰と発展を実現しようとしたからです。

つまり、国を統治し、発展させるために仏教の教えとその力に頼った、ということになります。

このように、国の安泰と発展のために宗教の力を取り入れることを、護国宗教と呼びます。

世界遺産の中でも、薬師寺は持統天皇が、東大寺は聖武天皇が建立しました。

また、世界遺産には含まれていませんが、東大寺とは対の存在である西大寺も弥徳天皇の企画により建立されたお寺になります。

薬師寺はその名の通り、病に侵されていた持統天皇の回復を祈願して、天武天皇が建立の詔を発せられたものです。
(皮肉なことに、その後持統天皇は回復し、逆に天武天皇が病に倒れて崩御されてしまいます。薬師寺はそんな天武天皇の意思を継いだ持統天皇が完成させました。)

東大寺は皆さんもご存じのとおり、疫病や争いが絶えない当時の国を悲観した聖武天皇が、仏教の力で乗り越えようとして建立したお寺になります。

ちなみに、興福寺は、当時絶大な権力を手中に収めていた藤原不比等が、藤原氏の氏寺である厩坂寺を平城京に移管し、大きくしたものと言われています。

 

ようやく国家の形が作られ始めた奈良時代。

寺社を造る財力や人手を考えると、権力を持つ者しか造ることが叶わなかったことは想像に難くありません。

当時権力を圧倒的に支配していたのは天皇でしたので、その天皇が「護国」思想のもと、率先して寺社の建立を進めたというわけです。

また、「護国」という考えがある以上、それを担う寺社は国の中心である都に置かれる、というのも自然の流れですよね。

 

さて、次回は世界遺産となっている寺社に共通して見られる、いくつかの特徴についてご紹介します!

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